Sigsand Manuscript

ウィリアム・ホープ・ホジスンとその周辺

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 このブログは、基本的にホジスンに特化しているわけですが、たまにはその周辺の作家などのことも、ちょっとホジスンと絡めながら、話題にしましょう。

 「不思議な物語(上・下)」 E.ブルワー=リットン著 
 世界幻想文学大系32 国書刊行会刊

 を読了しました。

 正直、あまりに饒舌なので、結構読むのが辛く、半ば斜め読みしました。読む辛さはユイスマンスといい勝負ですね。哲学的な考察などには頷けるところも多く、ストーリー自体が面白くないわけではないのですが、神秘学への心構えというか、立場というか、ともかくそうした部分が今読むと虚しいほどクドくて、なかなかしんどいです。ニューサイエンスとオカルトの橋渡しのような感じといえばちょっとは分かるでしょうか?
 ただ、ストーリー自体は、ラブロマンスです。
 ブルワー=リットンは、日本ではリットン調査団の団長の父として有名ですね。また、エリファス・レヴィなどの錬金術師との絡みでも知られています。ただ、これなどは、僕は多分、政治などにも関わっていた有力者であり、神秘学を趣味としていたリットンに、詐欺師(と言っていいでしょうね)のレヴィが取り入ったのだと思っていますが。
 リットンの小説は、早くから日本に紹介されていて、昨日触れた「冒険世界」のどの号かにも、「幽霊屋敷」が訳出されていたと思います。曖昧な記憶ですが。
 それはともかく、この小説のクライマックスの部分を読んでいて、僕はちょっとホジスンの「ナイトランド」を思い出しました。その外に出ようとすると電気が走る光のサークルを作って、その中で大きな窯に液体を煮詰め、やがて彼方から巨大な眼や足が現れたりするシーンですね。そっくりというわけでもないのですが、ホジスンがリットンの小説を好んでいたことは確かですから、幾らかイマジネーションの上で、影響は受けているかもしれませんね。ともあれ、この辺りの小説について、僕がとても詳しいというわけでもないので、まだこれから色々と読んでみてから考えるべきなのかもしれませんが。
 

(shigeyuki)

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 先日、kaneさんの記事で日本で最初に紹介されたホジスン作品ということで、「絶海に生き残った親子三人」が話題に上がりました。
 これは、明治期の少年雑誌「冒険世界」に掲載されたものです。ただ、情報がやや混乱しているので、今日、ちょっと千鳥が淵の桜見物がてら、国会図書館へ出かけて、見てきました。以下が報告です。

 まずタイトル等なのですが、これは雑誌の記述が滅茶苦茶なのですね。表紙には、

「絶海の親子四人」 虎髯大尉

とありまして、目次には

「絶海の親子三人」 阿武天風


とあります。さらに本文のタイトル部には、

「絶海に生き残った親子三人」 天風生譯


となっています。
つまり、全く統一されていないのですね。

b_7
 あと、「冒険世界」の号数なのですが、これは1911,4(11)でいいと思うのですが、表紙にこの本の刷納本日として明治44年7月28日の記述があり、目次には明治44年8月1日発行となっています。さらにややこしいことに、表紙の号数が4(10)となっているのですね(背表紙がないので、そこはわかりません)。でも、申し込んだものがこれだし、表紙に掲げられている内容も合っていますから、11号で間違いはないんでしょう。
総合して考えると、

「冒険世界」 1911, 4(11); p52-58
 (明治44年) 8月1日 博文館発行 

で、

「絶海に生き残った親子三人」 阿武天風 訳

が正しいのでしょうね。

 翻訳は、国書刊行会版の「海ふかく」で言えば、p122の上段の13行目からになります。つまり、第五の手紙部分がほぼ全てというわけですね。ちなみに、原作者としてホジスンの名前は、「ホ」の字も出てきません。おそらくホジスンには了承も取っていないでしょうし、著作権におおらかな時代だったんですね(笑)。

(shigeyuki)



mixi内のコミュ「William Hope Hodgson」で、なかねくんに紹介していただいた情報です。

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アメリカの主に映画のコミック版を出版しているDark Horse Comicsから
「The Dark Horse Book of Monsters」という「怪物」をテーマにしたコミックアンソロジーが
発売されています。
http://bookstores.darkhorse.com/profile/profile.php?sku=12-465

 実はこの中にホジスンの短編小説「熱帯の恐怖(A Tropical Horror)」が収録されています。挿絵もペン画でなかなか雰囲気が良いです。
 新作コミックの中に古典ともいえるホジスンの1篇をさらりと混ぜるあたりは編集者のセンスの良さを感じさせます。

 発売は昨年末でしたので既にご存知の方もいるかもしれませんが、日本では全く話題になっていない様なので書かせていただきました。

日本のアマゾンでも購入できるようですね
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1593076568/ref=ord_cart_shr/503-0700414-6439902?%5Fencoding=UTF8&m=AN1VRQENFRJN5

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 コミックアンソロジーの単行本ですが、ホジスンのものは漫画ではなく、原作そのものがGary Gianni氏のイラスト入りで収録されているもののようです。

なかねくん、どうもありがとうございました。

 今日の帰り、ちょっと書店を覗いたら、

「漆黒の霊魂(ダーク・ファンタジー・コレクション・5)」
オーガスト・ダーレス編  論創社刊

 という本が出ていて、この中にホジスンの「ミドル島にすむもの」が訳出され、収録されていました。
 未訳作品ではないので、特にこれを目的に買う必要は無さそうですが、ラインナップ的には面白そうです。

(shigeyuki)

 "The Haunted Pampero"は、この翻訳の底本とした"The Colleted Fiction of William Hope Hodgson Volume3 / The Ghost Pirates and Other Revenants of the Sea"の解説によると、彼の作品の中では数少ない、イギリス版とアメリカ版で同じタイトルの作品であり、1915年の11月に出版社に送られたが、実際に発表されたのは翌1916年の12月で、掲載誌はPremiere Magazineであるという。また、この作品はアメリカではホジスンの死後まで発表されることはなく、アメリカで日の目を見たのは、1918年。short Stories 89,No.2 (Feb.1918)であるという。
 この作品は、1991年にGrant社から出版された単行本、"The Haunted Pampero: Uncollected Fantasies and Mysteries"の表題作となっている。この単行本は、ホジスンの研究をしていたSF評論家Sam Moskowitzによる編集。編者によるホジスン伝が収録されている。

 書誌データはこの程度にして、翻訳の感想を書きます。
 翻訳というのも、やってみると結構面白いものですね。比べるのもどうかと思いますが、村上春樹さんが自作と翻訳を交互に手がけるのも、なんとなく分かる気がします。無心になれるので、テレビゲームをやるより面白いかもしれません。また、この部分、上手い表現はないかなと、色々考えることを強いられるのも、呆け防止になるかもしれませんね。何となく読むだけなら、分からないところはバンバン飛ばせばいいんですが、翻訳となると、そうは行きませんから、結構苦労したところもありました。水夫言葉とか、擬古文とか、困りましたね。一日三十分くらい、と考えて始めたのですが、つまづくと結構考えてしまって、一時間とか、簡単に経ってしまうのが、情けなくも、困りました。普段ブログに割く時間は、大体二十分から三十分くらいなので、これでは他のこともできなくなります。
 そうそう、ホジスンは、人のことをいろいろな呼び方をするので、これはどうしようか考えました。大半はそのままにしてしまいましたが、多分、統一する方向で訳したほうが、分かりやすいんでしょうね。
 この物語は、曖昧な部分を多く残した短編で、結局ターピンとは何だったのか、わからないままです。ですが、海の底からやってきた異形のものであるようなニュアンスがあるあたり、クトゥルー神話が好きな人などは、神話に組み込みたくなるかもしれませんね。
 これでパンペロの物語は終りですが、近いうち、また翻訳をやってみようと思います。テキストとしては、"Eloi Eloi Lama Sabachthani"を考えています。個人的には、この作品はホジスンの作品の中でも、結構重要な作品だと思っています。ホジスンのSF作品です。

(shigeyuki)


There was no more trouble that voyage; no more strange happenings; nothing unusual; but Captain Tom Pemberton had no peace of mind until he reached port and his wife was safely ashore again.
The story of the Pampero, her bad reputation, and this latest extraordinary happening got into the papers. Among the many articles which the tale evoked was one which held certain interesting suggestions.
The writer quoted from an old manuscript entitled "Ghosts," the well-known legend of the sea ghoul-which, as will be remembered, asserts that those who "die by ye sea, live of ye sea, and do come upward upon lonely shores, and do eate, biting likeye shark or ye deyvel-fishe, and are drywdful in hunger for ye fleyshe of man, and moreover do strive in mid sea to board ye ships of ye deep water, that they shal saytisfy theire dryedful hunger."
The author of the article suggested seriously that the man Tarpin was some abnormal thing out of the profound deeps; that had destroyed those who had once been in the whaleboat, and afterward, with dreadful cunning, been taken aboard the Pampero as a cast-away, afterward indulging its monstrous appetite. What form of life the creature possessed, the writer frankly could not indicate, but set out the uncomfortable suggestion that the case of the Pampero was not the first; nor would it be the last. He reminded the public of the many ships that vanish. He pointed out how a ship, thus dreadfully bereft of her crew, might founder and sink when the first heavy storm struck her.
He concluded his article by asserting his opinion that he did not believe the Pampero to be "haunted." It was, he held, simple chance that had associated a long tale of ill-luck with the vessel in question; and that the thing which had happened could have happened as easily to any other vessel which might have met and picked up the grim occupant of the derelict whaleboat.
Whatever may be the correctness of the writer's suggestions, they are at least interesting in endeavoring to sum up this extraordinary and incomprehensible happening. But Captain Pemberton felt surer of his own sanity when he remembered (when he thought of the matter at all) that men often go mad from exposure in open boats, and that the marlinspike which Tarpin always carried was sharpened much to the shape of a shark's tooth.

(END)



****************

 それからの航海は平穏に過ぎていった。もはや奇妙な出来事は起こらなかった。異様な出来事は、何一つとして。しかしトム・ペンバートン船長は、港に入港し、妻を無事に上陸させるまで、心が休まることがなかった。
 《パンペロ》にまつわる風説と、トム船長らが体験した奇妙な出来事についての物語は、新聞によって広く知られる事となった。この物語についての記事は数多くあるが、その中に一つに、興味深い示唆を与えてくれるものがあった。
 その記者は、「幽霊たち」と題された古えの写本から、海の屍鬼についての、良く知られた伝説の下りを引用していた。曰く、「大海にてはかなくなりしもの、大海にていのちありしもの、孤独の岸辺に依りて、飢えを満たさんとす、その様は鮫のごとく、あるいは章魚のごとくあり。しかるに、もしそれ、忌むべき飢え、つまりは人の肉への飢えにあらば、それら深海の船に乗りて、大海のさなかにさえ赴き、その忌むべき欲望を満たさんとす」
 この記事の著者は、ターピンは深き淵よりやってきた異形のものではないかという仮説を、真面目に取り上げていた。つまり、ホエールボートを食い尽くしたあと、漂流者を装い、抜け目なく《パンペロ》に乗り込んで、その忌むべき欲望を満たそうとしたのではないかというのだ。それがどういった形態の存在なのかについては、記者は正直に、分からないと述べていたが、同時に、《パンペロ》のようなケースはそれが初めてではないし、また最後でもないだろうという、不吉な考察をもしていた。彼の頭の中には、行方不明になってしまった多くの船のことがあった。記者は、どれだけ多くの船がそのキャリアの中で初めて酷い嵐にめぐり合った際に浸水し、沈没してしまったか、そしてそれによってどれほど多くの船員が惨くも犠牲になってしまったかということを指摘していた。
 彼は記事の中で、《パンペロ》が「呪われた船」だとは思っていないと結論付けていた。彼によると、それは単に船に長く不運が続いたというだけのことで、どんな船にもいつでも起こりうることだというのだ。つまり、遺棄されたホエールボートから、不気味な船員を拾い上げるというようなことは、である。
 その記者の指摘が正しいかどうかはともかく、少なくとも、この奇妙で理解し難い出来事の考察としては、興味深いように思われる。しかし、ペンバートン船長はどこまでも現実的な人間だったから、彼がそのことを(多少なりとも)思い出す時には、こう結論付けていた。救命艇の中で長く陽に灼かれた水夫は気が狂いがちであり、しかもあの時ターピンがいつも持ち歩いていたスパイキは、まるで鮫の歯のように鋭く尖っていたのだと。

(了)



(shigeyuki)


"What was it, Sir?" gasped the officer.
"Look!" shouted Captain Tom, pointing down into the dark sea.
He stared down into the glassy darkness. Something like a great fish showed below the surface. It was dimly outlined by the phosphorescence. It was swimming in an erratic circle leaving an indistinct trail of glowing bubbles behind it. Something caught the Second Mate's eyes as he stared, and he leaned farther out so as to get a better view. He saw the Thing again. The fish had two tails-or they might have been legs. The Thing was swimming downward. How rapidly, he could judge by the speed at which its apparent size diminished. He turned and caught the Captain by the wrist.
"Do you see its-its tails, Sir?" he muttered excitedly. Captain Tom Pemberton gave an unintelligible grunt, but kept his eyes fixed on the deep. The Second glanced back. Far below him he made out a little moving spot of phosphorescence. It grew fainter and vanished in the immensity beneath them.
Someone touched the Captain on the arm. It was his wife.
"Oh, Tom, have you ─have you─ ?" she began; but he said "Hush!" and turned to the Second Mate.
"Call all hands, Mister Kasson!" he ordered; then, taking his wife by the arm, he led her down with him into the saloon. Here they found the Steward in his shirt and trousers, trimming the lamp. His face was pale, and he started to question as soon as they entered; but the Captain quieted him with a gesture.
"Look in all the empty cabins!" the Skipper commanded, and while the Steward was doing this, the Skipper himself made a search of the saloon floor. In a few minutes the Steward came up to say that the cabins were as usual, whereupon the Captain led his wife on deck. Here the Second Mate met them.
"The hands are mustered, Sir" he said.
"Very good, Mister Kasson. Call the roll!"
The roll was gone over, each man answering to his name in turn. The Second Mate reached the last three on the list:
"Jones!"
"Sir!"
"Smith!"
"Yessir!"
"Tarpin!"
But from the waiting crowd below, in the light of the Second Mate's lantern, no answer came. He called the name again, and then Captain Tom Pemberton touched him on the arm. He turned and looked at the Captain, whose eyes were full of incredible realization.
"It's no good, Mister Kasson!" the Captain said. "I had to make quite sure-"
He paused, and the Second Mate took a step toward him.
"But-where is he?" he asked, almost stupidly.
The Captain leaned forward, looking him in the eyes.
"You saw him go, Mister Kasson!" he said in a low voice.
The Second Mate stared back, but he did not see the Captain. Instead, he saw again in his mind's eye two things that looked like legs-human legs!

****************

 「どうしましたか、船長?」喘ぎながら、彼は言った。
 「見ろ!」トムは叫び、暗い海面を指差した。
 彼は黒いうねりを見下ろした。水面下に、何か巨大な魚のようなものが見えた。燐光を纏い、ぼんやりと浮き上がっている。そいつは背後に、赤い泡影を曳きながら、水の中を不気味に旋回していた。それをじっと見詰めていた二等航海士の目は、ふと何かを捉えた。それで、彼はもっと良く見ようと、身を乗り出した。そして《そいつ》の姿をもう一度よく見た。その魚は二本の尾鰭を……さもなくば脚を、持っていた。《そいつ》は波下へ潜行した。驚くほどの速さで、瞬く間にその姿は小さくなっていった。航海士は振り返り、船長の手をとった。
 「船長、あいつを見ましたか……あの、尾鰭を?」彼は上気して言った。トム・ペンバートン船長は一言唸っただけで、ずっと深い海の淵を見詰め続けていた。二等航海士も、もう一度海を覗き込んだ。彼の遥か下方、深淵に、燐光の小さな光が見えた。それは次第に微かなものとなり、やがては彼らの眼下に広がる深い闇の中に溶けていった。
 誰かがトムの腕に触れた。妻だった。
 「ああ、トム、あなた……あなた……」彼女は言いかけたが、トムは「静かに!」と制した。それから二等航海士に向き直った。
 「カッソン、点呼を取るんだ!」彼は命令した。それから彼は妻を抱きしめ、広間へ連れて行った。広間には制服を身につけた客室係がいて、ランプはきちんと整えられていた。彼の顔は青ざめていた。そして二人が広間に入ってくるやいなや、質問を浴びせかけてきた。しかし、船長は身振りで静かに彼を制した。
 「キャビンを隅々まで点検してくれ!」と船長は命じた。客室係がキャビンの点検をしている間、トムは自ら広間の床を見て廻った。少し経って、客室係が戻ってきて言うには、キャビンはいつも通り変わりないということだった。それを聞いたトムは、すぐに妻を連れてまた甲板に戻った。甲板には二等航海士が二人を待っていた。
 「全員揃ってます、船長」彼は言った。
 「よろしい、カッソン。点呼しろ!」
 点呼が行われ、水夫たちはそれぞれ、自分の名前が呼ばれると応答した。そうして、二等航海士は名簿の最後の三人の名を読み上げていった。
 「ジョーンズ!」
 「はい!」
 「スミス!」
 「イェッサー!」
 「ターピン!」
 しかし、二等航海士の掲げるランタンの灯に照らされた一群の水夫たちのどこからも、声はあがらなかった。カッソンはもう一度彼の名前を呼んだが、その時、トム・ペンバートン船長が彼の腕に触れた。カッソンは振り返り、船長を見詰めた。その瞳は、全てを悟ったと、雄弁に語っていた。
 「無駄だよ、カッソン!」と船長は言った。「俺には、よく分かったんだ……」
 トムはそこで言葉を切った。カッソンは船長の前に踏み出した。
 「しかし……彼はどこに?」彼は訊いたが、それは馬鹿げた質問だった。
 船長は身を乗り出し、カッソンの目をじっと覗き込んだ。
 「お前は見たはずだ、カッソン。あいつが去ってゆくのを!」彼は押し殺した声で言った。
 二等航海士の瞳は、船長にじっと注がれていた。だが、彼は船長の姿を見てはいなかった。彼が見ていたもの、それは脳裏に焼き付いた、脚に似た二つのものだった。まるで、人の脚のような……!




The Captain had been asleep more than an hour when abruptly something roused him. He reached for his revolver and then sat upright; yet though he listened intently, no sound came to him save the gentle breathing of his wife. The lamp was low but not so low that he could not make out the various details of the cabin. His glance roved swiftly round and showed him nothing unusual, until it came to the door; then, in a flash, he noted that no light from the saloon lamp came under the bottom. He jumped swiftly from his bunk with a sudden gust of anger. If Tarpin had gone to sleep and allowed the lamp to go out, well-! His hand was upon the key. He had taken the precaution to turn it before going to sleep. How providential this action had been he was soon to learn. In the very act of unlocking the door, he paused; for all at once a low grumbling purr came to him from beyond the door. Ah! That was the sound that had come to him in his sleep and wakened him. For a moment he stood, a multitude of frightened fancies coming to him. Then, realising that now was such a chance as he might not again have, he turned the key with a swift movement and flung the door wide open.
The first thing he noticed was that the saloon lamp had burned down and was flickering, sending uncomfortable splashes of light and darkness across the place. The next, that something lay at his feet across the threshold-something that started up with a snarl and turned upon him. He pushed the muzzle of his revolver against it and pulled the trigger twice. The Thing gave out a queer roar and flung itself from him halfway across the saloon floor; then rose to a semi-upright position and darted howling through the doorway leading to the companion stairs. Behind him he heard his wife crying out in alarm; but he did not stay to answer her; instead, he followed the Thing voicing its pains so hideously. At the bottom of the stairs he glanced up and saw something outlined against the stars. It was only glimpse, and he saw that it had two legs, like a man; yet he thought of a shark. It disappeared, and he leaped up the stairs. He stared to the leeward and saw something by the rail. As he fired, the Thing leaped and a cry and a splash came almost simultaneously. The Second Mate joined him breathlessly, as he raced to the side.

****************

5


 眠りに落ちてから一時間以上は経った頃だろうか、トムは奇妙な気配にはっと目を覚ました。彼は腕を伸ばしてリボルバーを手にし、それから寝台の上に起き上がった。トムはじっと耳を澄ました。けれども、妻の穏やかな寝息を妨げるような音はどこからも聞こえては来なかった。部屋のランプの灯は絞ってあったが、それでも彼がキャビンの中の様子を覗えないほど暗い訳ではなかった。トムは、何か変わったことはないだろうかと、辺りに素早く視線を投げかけていったが、その眼差しは、ドアの所でぴたりと止まった。ドアの下部の隙間から、広間の灯火の明かりが這い入って来ていないのだ。彼はかっとして、慌てて寝台から飛び起きた。もしターピンが居眠りをぶっこきやがって、そのせいでランプが消えたのにも気が付かなかっただなんて言おうもんなら……!彼は鍵を掴んだ。眠る前に、彼は用心のために部屋に鍵をかけておいたのだった。だがすぐに、彼はこの用心がいかに賢明だったかということに思い至った。ドアを開錠しようとして、彼は躊躇った。不意に、扉の向こうから、卑しい唸りのように、喉を鳴らす音が聞こえてきたのだ。ああ!それはまさに彼を夢から引き戻し、目を覚まさせた音だった。身も凍るような空想が次から次へと脳裏に押し寄せ、しばらく彼は立ち尽くしていた。だがすぐに、これはまたとないチャンスなのだということに気が付いた。それで彼は一気に鍵を廻し、思い切りドアを大きく開け放った。
 最初に彼の目に入ってきたのは、広間のランプの火が尽きかけていて、ちらちらと揺れる光が、空間に不気味な陰影をつけている光景だった。続いて彼の目が捉えたのは、敷居を跨いだ彼の足元に横たわっていた何か……唸りながら、彼に向かって挑んできた何か、だった。彼はリボルバーの銃口をそいつに向け、二度、引き金を引いた。《そいつ》は何とも言えない唸り声を上げて、広間の中ほどまで、弾けるように飛んだ。それからそいつは少し身体を丸めたような体勢で起き上がり、唸りながら、戸口を越えて昇降口階段へ向かって一目散に駆け始めた。トムの背後から妻の悲鳴が聞こえたが、彼はそれに答えている余裕はなかった。代わりに彼は、痛みのせいで酷く苦しそうな《そいつ》の呼吸音を追った。階段の下から見上げると、星空を背景にした《そいつ》のシルエットが見えた。一瞬垣間見ただけだったが、そいつは二本の脚を持っていて、人間のようだった。だが、トムはサメを思い浮かべた。そいつが姿を消したので、トムは階段を一足飛びに駆け上がった。風下の方を見ると、手摺りの側に、《そいつ》の姿が見えた。トムが発砲するのと、《そいつ》が手摺りを超えて一声吠え、ついで水音を響かせたのは、ほぼ同時だった。二等航海士が息せき切ってやってきて、トムの傍らに並んだ。

(shigeyuki)


Immediately afterward, the Skipper heard the Mate bellowing for the watch to lay aft; then his heavy tread came tumbling down into the saloon, and the Captain, who had left his bunk to turn up his lamp, met him in the doorway. A minute was sufficient to put the Mate in possession of such facts as the Skipper himself had gleaned, and after that, they lit the saloon lamp and examined the floor and companion stairs. In several places they found traces of blood which showed that one, at least, of Captain Tom's shots had got home. They were also found to lead a little way along the lee side of the poop; but ceased altogether nearly opposite the end of the skylight.
As may be imagined, this affair had given the Captain a big shaking up, and he felt so little like attempting further sleep that he proceeded to dress; an action which his wife imitated, and the two of them passed the rest of the night on the poop; for, as Mrs. Pemberton said: You felt safer up in the fresh air. You could at least feel that you were near help. A sentiment which, probably, Captain Tom felt more distinctly than he could have put into words. Yet he had another thought of which he was much more acutely aware, and which he did manage to formulate in some shape to the Mates during the course of the following day. As he put it:
"It's my wife that I'm afraid for! That thing (whatever it is) seems to be making a dead set for her!" His face was anxious and somewhat haggard under the tan. The two Mates nodded.
"I should keep a man in the saloon at night, Sir," suggested the Second Mate, after a moment's thought. "And let her keep with you as much as possible."
Captain Tom Pemberton nodded with a slight air of relief. The reasonableness of the precaution appealed to him. He would have a man in the saloon after dark, and he would see that the lamp was kept going; then, at least, his wife would be safe, for the only entrance to his cabin was through the saloon. As for the shattered port, it had been replaced the day after he had broken it, and now every dog watch he saw to it himself that it was securely screwed up, and not only that, hut the iron storm-cover as well; so that he had no fears in that direction.
That night at eight o'clock, as the roll was being called, the Second Mate turned and beckoned respectfully to the Captain, who immediately left his wife and stepped up to him.
"About that man, Sir," said the Second. "I'm up here till twelve o'clock. Who would you care to have out of my watch?"
"Just as you like, Mister Kasson. Who can you best spare?"
"Well, Sir, if it comes to that, there's old Tarpin. He's not been much use on a rope since that tumble he got the other night. He says he hurt his arm as well, and he's not able to use it."
"Very well, Mr. Kasson. Tell him to step up.
This the Second Mate did, and in a few moments old Tarpin stood before them. His face was bandaged up, and his right arm was slipped out of the sleeve of his coat.
"You seem to have been in the wars, Tarpin," said the Skipper,eyeing him up and down.
"Yes, Sir," replied the man with a touch of grimness.
"I want you down in the saloon till twelve o'clock," the Captain went on. "If you -er-hear anything, call me, do you hear?"
The man gave out a gruff "aye, aye, Sir," and went slowly aft.
"I don't expect he's best pleased, Sir," said the Second with a slight smile.
"How do you mean, Mister Kasson?"
"Well, Sir, ever since he and Coalson were chased, and he got the tumble, he's taken to waiting around the decks at night. He seems a plucky old devil, and it's my belief he's waiting to get square with whatever it was that made him run.
"Then he's just the man I want in the saloon," said the Skipper.
"It may just happen that he gets his chance of coming close to quarters with this infernal hell-thing that's knocking about. And by Jove, if he does, he and I'll be friends for evermore."
At nightfall Captain Tom Pemberton and his wife went below. They found old Tarpin sitting on one of the benches. At their entrance he rose to his feet and touched his cap awkwardly to them. The Captain stopped a moment and spoke to him:
"Mind, Tarpin, the least sound of anything about, and call me! And see you keep the lamp bright."
'Aye, aye, Sir," said the man quietly; and the Skipper left him and followed his wife into their cabin.

****************

 この出来事は、トムを酷く動揺させた。思いつめた彼は、いっそ妻のドレスを着て朝まで眠ろうかとさえ考えた。つまり、妻に扮装するというわけだ。だが、ペンバートン夫人は言った。あなたは新鮮な空気を吸うべきだわ。少なくとも、一息つくことはできるはずよ。それで、二人は夜の残りの時間を、船尾楼で過ごすことにした。過敏になっているといえば、多分そのとおりで、トムは言葉に言い表せないほどひしひしとした恐怖を感じていた。加えて、彼にはそれとは別に、さらに気付いたことがあって、心を悩ませていた。翌日、彼は航海士に、様々な言い方でそのことを伝えようとした。例えばこのような言葉でだ。
 「俺が心配しているのは、女房のことだ!あの得体の知れねえ化け物は、女房を狙ってやがる!」彼の表情には憂慮の影が差し、その日に焼けた顔は幾分やつれて見えた。二人の航海士は頷いた。
 「夜には広間に見張りをつけますぜ、船長」二等航海士は、少し考えて言った。「で、奥様の方は、できるだけ船長と一緒にいられるようにしまさあ」
 トム・ペンバートン船長は頷き、安堵の息を吐いた。その案の合理性が彼には気に入ったのだ。彼は暗くなると水夫を一人広間に侍らせ、灯りが点りつづけているか監視することにした。これで、少なくとも、妻は安全のはずだった。というのも、彼のキャビンへ行くにはどうしても広間を通らなければならなかったからだ。彼のせいで罅割れた舷窓については、翌日に取り替えた。そして、今度は全ての覗き窓を彼自らが点検し、安全を確かめた上でしっかりとネジ止めした。さらにそれだけでは飽き足らず、鉄製のストームカバーで覆った。これで、どこから何が来ても恐れることはないはずだった。
 その夜の八時の点呼の時、二等航海士は船長の方に向き直り、恭しい仕草で手招きをした。トムはすぐさま妻の側を離れ、彼の方へ歩を進めた。
 「水夫のことなんですが」と二等航海士は言った。「わたしは零時までここにいなきゃなりません。わたしの代わりに、誰を見張りに立てりゃいいでしょう?」
 「お前が選んでくれ、カッソン。誰がいいと思う?」
 「そうですねえ、船長、それなら老水夫のターピンはどうでしょうかね。あいつはこの前の夜に転んでから、ロープを満足に使えないんで。あいつは言ってました。腕を酷く痛めたから、ロープが扱えねえって」
 「それでいい、カッソン。ターピンに来るように言ってくれ」
 数分後、ターピンは二人の前に立っていた。ターピンの顔には包帯が巻かれ、右手は上着の袖を通ってはいなかった。
 「戦争にでも行ってたみたいだな、ターピン」船長は彼をじろじろと眺め回しながら、言った。
 「全くで、船長」ターピンは気味の悪い口調で言った。
 「零時まで下の広間で待機してもらいたいんだ」と船長は言った。「もし、お前が……何かを聞いたとしたら、俺を呼べ。分かったか?」
 彼はしわがれた声で言った。「アイ、アイ、サー」それから彼はゆっくりと船尾楼へ向かった。
 「わたしはあいつが一番いいとは思っていないんです、船長」と二等航海士はちょっと微笑んで言った。
 「そいつは、どういう意味だ、カッソン?」
 「いえね、船長、あいつとコアルソンが捕り物をやって、あいつがスッ転んだ時からずっと、奴は夜に甲板の辺りをうろつく機会を狙っているんです。あいつは絶対、おいぼれの悪魔に違いありません。わたしゃ確信してるんですが、あいつはきっと、自分をあんな目にあわせた奴に仕返しをする機会を覗っているに違いありませんぜ」
 「それなら、あいつは広間の見張りにうってつけだな」と船長は言った。
 「さんざんうろつきまわっていた化物野郎にしてみれば、千載一遇のチャンスが廻ってきたってわけだ。全くなあ、もしこれであいつが職務を全うしたとしたら、おれとあいつはずっと仲間でいられるってことにもなるわけだ」
 夜も更けて、トム・ペンパートン船長とその妻は船室に戻った。彼らはターピン老水夫が椅子の一つに腰掛けているのを観た。彼らが通りがかった時、彼は立ち上がり、ぎこちない仕草で帽子に手を添えた。船長は立ち止まり、彼に話し掛けた。
 「いいか、ターピン。どんな音でも、もし聞こえたら、俺を呼ぶんだぞ!それと、ランプの灯は絶やすなよ」
 「アイ、アイ、サー」と、ターピンは静かな声で言った。トムは彼の前を離れた。それから妻に続いてキャビンに入った。

(shigeyuki)


IV


Two nights later, Captain Tom Pemberton was suddenly aroused from a sound slumber by his wife.
"Shish!" she whispered, putting her fingers on his lips. "Listen."
He rose on his elbow, but otherwise kept quiet. The berth was full of shadows for the lamp was turned rather low. A minute of tense silence passed; then abruptly from the direction of the door, he heard a slow, gritty rubbing noise. At that he sat upright and sliding his hand beneath his pillow, brought out his revolver; then remained silent waiting.
Suddenly he heard the latch of the door snick softly out of its catch, and an instant later a breath of air swept through the berth, stirring the draperies. By that he knew that the door had been opened, and he leaned forward, raised his weapon. A moment of intense silence followed; then, all at once, something dark slid between him and the little glimmer of flame in the lamp. Instantly he aimed and fired, once-twice. There came a hideous howling which seemed to be retreating toward the door, and he fired in the direction of the noise. He heard it pass into the saloon. Then came a quick slither of steps upon the companion stairway, and the noise died away into silence.
Immediately afterward, the Skipper heard the Mate bellowing for the watch to lay aft; then his heavy tread came tumbling down into the saloon, and the Captain, who had left his bunk to turn up his lamp, met him in the doorway. A minute was sufficient to put the Mate in possession of such facts as the Skipper himself had gleaned, and after that, they lit the saloon lamp and examined the floor and companion stairs. In several places they found traces of blood which showed that one, at least, of Captain Tom's shots had got home. They were also found to lead a little way along the lee side of the poop; but ceased altogether nearly opposite the end of the skylight.

****************

 4

 
 それから二日後の夜のこと、トム・ペンパートン船長は妻によって、不意に深い眠りから引き戻された。
 「しっ!」と彼女は指を唇に当て、囁いた。「耳を澄まして」
 彼は黙って上体を起こした。寝台は、やや傾けたランプの光のせいで、複雑な陰影に彩られていた。張り詰めた静寂が、しばしその場に漂った。と、突然ドアの方から、ゆったりとした、ズルズルと擦れるような音が聞こえてきた。トムは姿勢を正して座り直し、手を枕の下に伸ばしてリボルバーを手にすると、そのまま静かに待った。
 不意に、ドアの掛け金を留め金からそっと外す音が聞こえた。そしてその直後、微かな風が入り込み、寝台を撫で、掛け布を揺らした。ドアが開かれたのを知ったトムは、身を乗り出し、武器を構えた。束の間、死に絶えたような静寂が辺りを覆った。と、いきなり何か黒っぽいものが現れ、彼とランプの淡い灯火の間を、音もなく、滑るように動いていった。即座にトムは狙いをつけて、発砲した。一発、そしてまたもう一発。ぞっとするような咆哮とともに、そいつはドアの方へ逃れようとしているようだった。トムはさらに、音のする方向に向けて発砲した。銃声は船室中に響き渡った。その後、慌しく昇降口階段をズルズルと何かが滑ってゆく音が聞こえてきたが、音は次第に薄れ、辺りは静寂に包まれた。
 それから間もなく、トムは航海士が船尾楼の見張りに向かって怒鳴っている声を聞いた。そして航海士は足音を響かせて階段を下り、客室に入ってきたが、その時にはもうトムは寝台から抜け出して、ランプを手にしていたから、二人はちょうど戸口のところで行き会った。航海士は一瞬で事態を把握した。それで彼らは、客室のランプに火を点けて、床や昇降口階段を調べた。数箇所で、彼らは血痕を発見した。ということは、少なくともトム船長の放った銃弾は命中したわけだ。それからもうひとつ、船尾の風下側に沿って進んだということも分かったが、痕跡は天窓の途切れる辺りで消えていた。


From the door there came a noise of loud knocking and the voice of the First Mate:
"Anything wrong, Sir?"
"It's all right, Mister Stennings. I'll be with you in half a minute." He heard the Mate's footsteps retreat, and go up the companion ladder. Then he listened quietly as his wife told him her story. When she had made an end, they sat and talked awhile gravely, with an infinity sense of being upon the borders of the Unknown. Suddenly a noise out upon the deck interrupted their talk, a man crying aloud with terror, and then a pistol shot and the Mate's voice shouting. Captain Pemberton leaped to his feet simultaneously with his wife.
"Stay here, Annie!" he commanded and pushed her down onto the seat. He turned to the door; then an idea coming to him, he ran back and thrust his revolver into her hands. "I'll be with you in a minute," he said assuringly; then, seizing a heavy cutlass from a rack the bulkhead, he opened the door and made a run for the deck.
His wife, on her part, at once hurried to make sure that the port catch was properly on. She saw that it was and made haste to screw up tightly. As she did so, she noticed that the bullet had passed clean through the glass on the left-hand side, low down. Then she returned to her seat with the revolver and sat listening and waiting.
On the main-deck the Captain found the Mate and a couple of men just below the break of the poop. The rest of the watch were gathered in a clump a little foreside of them and between them and the Mate stood one of the 'prentices, holding a binnacle lamp. The two men with the Mate were Coalson and Tarpin. Coalson appeared to be saying something; Tarpin was nursing his jaw and seemed to be in considerable pain.
"What is it, Mister Stennings?" sung out the Skipper quickly.
The First Mate glanced up.
"Will you come down, Sir," he said. "There's been some infernal devilment on!"
Even as he spoke the Captain was in the act of running down the poop ladder. Reaching the Mate and the two men, he put a few questions rapidly and learned that Coalson had been on his way after to relieve the "wheel," when all at once something had leaped out at him from under the lee pin-rail. Fortunately, he had turned just in time to avoid it, and then, shouting at the top of his voice, had run for his life. The Mate had heard him and, thinking he saw something behind, had fired. Almost directly afterward they had heard Tarpin calling out further forward, and then he too had come running aft; but just under the skids he had caught his foot in a ring-bolt, and come crashing to the deck, smashing his face badly against the sharp corner of the after hatch. He, too, it would appear, had been chased; but by what, he could not say. Both the men were greatly agitated and could only tell their stories jerkily and with some incoherence.
With a certain feeling of the hopelessness of it all, Captain Pemberton gave orders to get lanterns and search the decks; but, as he anticipated, nothing unusual was found. Yet the bringing out of the lanterns suggested a wise precaution; for he told them to keep out a couple, and carry them about with them when they went to and fro along the decks.

****************

 ドアを激しくノックする音がした。続いて一等航海士の声が聞こえた。
 「何かありましたか、船長?」
 「いや、大丈夫だ、ステニングス。すぐに行くよ」トムはステニングスの足音が遠ざかり、昇降口階段を登って行くのを聞いた。それからトムは、彼女の話をじっくりと聞いた。彼女が話し終えると、二人は腰を下ろし、それからしばらくは、<未知なるもの>との境界線上に立ってその深淵を覗き込んでいるような、そんな神妙な気持ちになって話し合った。二人の会話は、突然のデッキからの騒音で遮られた。水夫の一人が恐怖の叫びをあげ、続いてピストルの音と航海士の叫ぶ声がした。トム船長は妻と共に、跳ねるようにして立ち上がった。
 「ここにいろ、アニー!」彼はそう言うと、彼女をシートに座らせた。彼はドアを開いた。だがふと思いついて、取って返すと、自分のリボルバー(連発拳銃)を彼女の手に握らせた。「すぐに戻るよ」彼はそう請け負った。そして防護壁の棚からずっしりとしたカトラス(反身の短剣)を掴み取ると、ドアを開き、デッキに向かって駆け出した
 アニーはその場で、とっさに舷窓に駆けより、留め具を確かめた。留め具がそのままだと分かると、急いでネジをしっかりと締め直した。その時彼女は、舷窓のガラスに、銃弾が左手から下方向かってきれいに貫通した痕跡があることに気が付いた。それで彼女は自分のシートに戻り、リボリバーを手にして、耳を欹てながら待機した。
 メインデッキでトムは、航海士と二人の水夫を、ちょうど船尾楼の手前側に見つけた。見張り以外の水夫たちは、航海士たちの少し手前に集まっていた。航海士と二人の水夫との間には、一人の見習が手にビナクルランプ(船舶の針路を求めるコンパスを夜間に見るときに使っていたランプ。持ち運びしやすいように木製の取っ手が付いている。前面が開くようになっており、オイルタンクを取り出すことができる)を持って立っていた。二人の水夫はコアルソンとターピンだった。コアルソンは、何かを言っているようだった。ターピンは顎をさすっていたが、相当に痛むように見えた。
 「どうした、ステニングス?」彼らを見るや、トムは叫んだ。
 一等航海士は、トムを一瞥した。
 「下へ行っててください、船長」と彼は言った。「ここにはとんでもねえ魔物がいるみたいですから!」
 航海士がそう言った時にはもう、トムは船尾楼への階段に辿り着いていた。航海士と二人の水夫に近付きながら、トムは簡潔に幾つかのことを訊いた。それで分かったことは、コアルソンが「舵取り」を終えて戻る途中、突然何かがピンレール(帆綱止め)の下の物陰から彼に向かって飛び出してきたのだということだった。幸い、彼はぎりぎりでそれをかわすことができた。それから彼は身を守ろうと、声を限りに叫んだのだということだった。航海士は彼の声を聞いて、彼が物陰に何かを見たのだと思い、発砲した。その直後に、彼らは、ずっと前の方からターピンが大きな声で呼んでいるのを聞いた。それからターピンもすぐに船尾楼へ向かって走りだしたのだが、ちょうど足元にあったスキッド(貨物の下に敷く角材または荷物の積み卸しの際に舷側を保護する木材)のリングボルト(綱などを結びつけるために甲板に取り付けられた、環のついた 螺釘)に足を取られて甲板にすっ転び、したたかに後部船倉口の鋭い角に顔を打ち付けてしまった。彼もやはり、その様子から見ると、追跡をしていたのだろう。だが、何故だか彼はそうは言わなかった。水夫達は二人とも酷く動揺していた。それで、ただ自分達の話を、いささか支離滅裂気味に、たどたどしく語るだけで精一杯だったのだ。
 全く期待は出来ないとは思ったが、トム・ペンパートン船長はカンテラを幾つか持って来させ、甲板を捜索した。だが、予想通り、何一つ変わったものは発見できなかった。しかし、持ってきたカンテラは用心になると判断した。それでトムは水夫たちに、二つのカンテラは外に出したままにしておいて、甲板の見張りをする時には持って歩くようにと言いつけた。

(shigeyuki)

 古本屋で、「季刊幻想文学」の18号を見ていると、次のような作品に眼が留まりました。
「阿武天風譚 絶海に生き残った親子三人(W・H・ホジスン原作)」
作品の方は2ページの抄録の形でしたが、解説代わりの横田順彌氏と会津信吾氏の対談によると明治44年に雑誌「冒険世界」において訳出されたということでした。そこで、明治44年の同誌を調べてみると、7月15日発行のものに「絶海に生き残った親子三人 天風生譚」として掲載されており、巻頭には紙面大のイラストが一葉ありました(1)。内容としては、「静寂の海から」の訳で、若干の手は加わっているものの、ほぼ忠実な翻訳でした。次はそのイラストです。それなりに雰囲気が出ていると思いませんか。
20070311181258.jpg

「静寂の海から」は短編集「海深く」に収録されており、原題を「From the Tideless Sea」といい、本来は前編、後編に分けて発表されました。前編「From the Tideless Sea」の初出はアメリカで先に発表され、次にイギリスで発表されています(2)(3)。後編は「More News from the Homebird」のタイトルで、1907年にアメリカで発表され(4)、しばらく経った1911年になってようやく「Fifth Message From the Tideless Sea」とタイトルを代えてイギリスで発表されます(5)。
私たちの良く知る「From the Tideless Sea」の形になったのは、1914年に出版された短編集「Men of the Deep Waters」に収録されてからです。
 さて、「絶海に生き残った親子三人」は後編の方で、雑誌掲載が明治44年、西暦でいうと1911年になります。
恐らく訳者はLondon Magazineを読んでいたのでしょう。対談によると当時の出版業界の関係者たちは熱心に海外のものを調べていたそうなので、探せばまだ面白いものが見つかるかもしれません。少なくとも私は明治44年という時期に日本人がホジスンの作品に眼をやっていたことが驚きでした。

kane

(1) 冒険世界 4(11) 明治44年7月15日p3,p52-58                   
(2) Monthly Story Magazine 2(6) April 1906 p1198-208
(3) London Magazine No.105 May 1907 p264-74
(4) Blue Book Magazine Aug.1907 p758-769 
(5) London Magazine 26(3) May 1911 p389-400

追記
3月14日、shigeyuki氏の情報により書誌情報を修正



Later, she consented to be quieted, and the Captain left her after having exacted a promise from her that she would "turn in" right away and get some sleep.
The first part she fulfilled without delay; but the latter was more difficult, and at least an hour went by tediously before at last, growing drowsy, she fell into an uneasy sleep. From this she was awakened some little time later with a start. She had seemed to hear some noise. Her bunk was up against the side of the ship, and a glass port opened right above it, and it was from this port that the noise proceeded. It was a queer slurring sort of noise, as though something were rubbing up against it, and she grew frightened as she listened: for though she had pushed the port to on getting into her bunk, she was by no means certain that she had slipped the screw-catch on properly. She was, however, a plucky little woman, and wasted time; but made one jump to the floor, and ran to the lamp. Turning it up with a sudden, nervous movement, she glanced toward the port. Behind the thick circle of glass she made out something that seemed to be pressed up against it. A queer, curved indentation ran right across it. Abruptly, as she stared, it gaped, and teeth flashed into sight. The whole thing started to move up and down across the glass, and she heard again that queer slurring noise which had frightened her into wakefulness. The thought leaped across her mind, as though it was a revelation, that it was something living, and it was grubbing at the glass, trying to get in. She put a hand down on to the table to steady herself, and tried to think.
Behind her the cabin door opened softly, and someone came into the room. She heard her husband's voice say "Why, Annie-" in a tone of astonishment, and then stop dead. The next instant a sharp report filled the little cabin with sound and the glass of the port was starred all across, and there was no more anything of which to be afraid, for Captain Tom's arms were round her.

**********************

 トムは彼女が落ち着くのを待った。それから妻を船尾に連れて行き、すぐにベッドに入って、幾らかでも眠るように言った。
 ベッドに入ることは問題なかった。だが、眠るとなると話は別だった。たっぷり一時間は煩悶した挙句、ようやく眠気が襲ってきて、彼女は浅い眠りに落ちた。だが、その眠りはすぐに破られた。何か、物音を聞いたように思ったのだ。彼女の寝床は船の壁に接した上段寝台だったのだが、その右上にはガラスの舷窓があった。物音はそこから聞こえてきていた。それは奇妙にくぐもった音で、まるで何かがそこに体躯を擦り付けているような音だった。その音を聞いているうちに、彼女の恐怖心はどんどんと高まっていった。それでも、彼女は寝台の中から舷窓を押して確かめてみた。すると、その窓を留めているネジが決して抜け落ちないとはいえないことがわかった。そうとなると、彼女は勇気を持った女性だったから、時間を無駄にするようなことはしなかった。床に飛び降りて、ランプの方へ走った。そして慌しくランプを手にして掲げると、舷窓の方を恐る恐る見た。厚い丸ガラスの向こうに彼女が認めたものは、舷窓に向かって押し付けられている何かだった。奇妙な、湾曲したギザギザとしたものが舷窓を横切った。見つめていると、突然それが大きく裂けて、煌く歯が見えた。それは、舷窓を上下に動き始めた。すると、彼女の耳にはまた、恐怖のあまり彼女を眠れなくした、あの奇妙にくぐもった音が聞こえ始めた。彼女の頭の中に、一つの考えが、天啓のように閃いた。あれは生き物なのだ。あの、懸命にガラスを引っかいて、中に入ろうとしている、あれは。彼女は手をテーブルの上に置き、自分を落ち着かせ、頭を働かせようとした。
 彼女の背後で、船室のドアが静かに開き、誰かが中に入ってきた。彼女は夫の、「どうした、アニー……」という、驚いたような声を聞いた。しかし、その言葉は途切れた。次の瞬間、小さな船室に鋭い音が響き渡ったのだ。そして、舷窓からはまた一面に広がる星が見えた。最早恐れるものは何もなかった。トム船長の腕が彼女を抱きしめていたのだから。

III


After this inexplicable affair a week of stagnant calm passed without anything unusual happening, and Captain Tom Pemberton was gradually losing the sense of haunting fear which had been so acute during the nights following the death of the porker.
It was early night, and Mrs. Tom Pemberton was sitting in a deck chair on the weather side of the saloon skylight near the forward end. The Captain and the First Mate were walking up and down, passing and repassing her. Presently the Captain stopped abruptly in his walk, leaving the Mate to continue along the deck. Then, crossing quickly to where his wife was sitting, he bent over her.
"What is it, dear?" he asked. "I've seen you once or twice looking to leeward as though you heard something. What is it?"
His wife sat forward and caught his arm.
"Listen!" she said in a sharp undertone. "There it is again! I've been thinking it must be my fancy; but it isn't. Can't you hear it?"
Captain Tom was listening and, just as his wife spoke, his strained sense caught a low, snarling growl from among the shadows to the leeward. Though he gave a start, he said nothing; but his wife saw his hand steal to his side pocket.
"You heard it?" she asked eagerly. Then, without waiting for an answer: "Do you know, Tom, I've heard the sound three times already. It's just like an animal growling somewhere over there," and she pointed among the shadows. She was so positive about having heard it that her husband gave up all idea of trying to make her believe that her imagination had been playing tricks with her. Instead, he caught her hand and raised her to her feet.
"Come below Annie," he said and led her to the companionway. There he left her for a moment and ran across to where the First Mate was on the look out; then back to her and led her down the stairs. In the saloon she turned and faced him.
"What was it, Tom? You're afraid of something, and you're keeping it from me. It's something to do with this horrible vessel!"
The Captain stared at her with a puzzled look. He did not know how much or how little to tell her. Then, before he could speak, she had stepped to his side and thrust her hand into the side pocket of his coat on the right.
"You've got a pistol!" she cried, pulling the weapon out with a jerk. "That shows it's something you're frightened of! It's something dangerous, and you won't tell me. I shall come up on deck with you again!" She was almost tearful and very much in earnest; so much so that the Captain turned-to and told her everything; which was, after all, the wisest thing he could have done under the circumstances.
"Now" he said, when he had made an end, "you must promise me never to come up on deck at night without me-now promise!"
"I will, dear, if you will promise to be careful and-and not run any risks. Oh, I wish you hadn't taken this horrid ship!" And she commenced to cry.

***************************

 3

 
 この不可解な出来事があってから、一週間ほどはこれといった事件もなく、滓のような平穏さの中で時が過ぎていった。トム・ペンバートン船長は、次第にあの夜の豚の死にまつわるひし迫る恐怖を過去のものとしつつあった。
 宵のことだった。トム・ペンバートン夫人は、船の前方の風上舷(船の風のあたる側)にある、船室の天窓近くのデッキチェアに座っていた。彼女の前を、船長と一等航海士が行ったり来たり、昇ったり下ったりしていた。そのうち、トムは突然足を止め、デッキを見回る航海士
をそのまま行かせて踵を返し、足早に妻の座っている所へ向い、彼女の側に身を屈めた。
 「どうしたんだい?」彼は訊いた。「君がまるで何かを聞いているかのように風下の方を見ているのを、俺は何度か見かけたよ。何かあったのか?」
 彼の妻は座りなおし、彼の腕を掴んだ。
 「聞いて!」彼女は声を顰めて、切迫した声で言った。「また聞こえた!私はずっと気のせいだと思ってた。でも、違うわ。あなたは聞こえない?」
 トム船長は、妻の言うままに、耳を欹てた。彼の張り詰めた神経は、風下の物陰のどこかから、低く、唸る獣(けもの)ような声がするのを捉えた。しかし、彼の口から出た言葉は、いいや何も、だった。だが、彼の妻はトムの手が、そっとサイドポケットの方へ動くのを見逃さなかった。
 「聞いたでしょ?」彼女は食い下がった。そして、彼の答えを待たずに続けた。「ねえ、トム、私はもう三度も聞いてるの。まるであちらこちらで獣(けもの)が唸っているみたいな……」そして、彼女は暗がりを指差した。彼女は、熱心に物音を辿ろうとしていた。その様子を見て、トムは妻に、それが彼女の思い込みにすぎないと得心させることは無理だと判断した。それで、代わりに彼は彼女の手をとり、立ち上がらせた。
 「下に行こう、アニー」彼はそう言い、彼女を甲板の昇降口階段まで連れて行った。そこで、彼はちょっと妻をその場に残し、一等航海士が見張りをしている場所へ向かった。それからまたトムは彼女の元へと戻り、妻を階下へ連れて行った。客室の中で、妻はトムに向き直った。
 「何なのよ、トム?あなたは何かを恐れていて、しかも私に内緒にしているわ。この恐ろしい船には、何かあるのね!」
 トムは困惑した顔で彼女をじっと見つめた。彼は、どれだけのことを、どのようにして、彼女に言うべきなのか図りかねていた。その時、彼が口を開く前に、彼女はさっと彼の脇に立ち、手を彼の上着の右のサイドポケットに滑り込ませた。
 「ピストルだわ!」彼女は叫び、その武器を、恐る恐るポケットから引っ張り出した。「これであなたが何かを恐れている事がはっきりしたわ!それは何か恐ろしいもので、しかもあなたは私に話してくれない。いいわ!私もあなたについて、また甲板へ行くことにしたから!」彼女はほとんど涙声で、真剣そのものだった。それで、トムは考えを変えて、全てを彼女に話すことにした。結局は、それがその時彼に出来る最善の策だったのだ。
 「だから」と彼は話を終えて言った。「君は俺と一緒じゃなければ、けっして夜に甲板に上がっちゃいけない。……頼むから約束してくれ!」
 「分かったわ、あなた。でも、あなたも十分に気をつけて、決して危険を冒さないと約束してちょうだい。ああ、こんな恐ろしい船を引き受けなければよかったのに!」そして彼女は泣き始めた。

(shigeyuki)



Two of the pigs were huddled up in the starboard corner of the sty and they were bleeding in several places. The third, a big fellow, was stretched upon his back; he had apparently been bitten terribly about the throat and was quite dead.
The Captain put his hand on the Second's shoulder and stooped forward to get a better view.
"My God, Mister Kasson, what's been here," he muttered with an air of consternation.
The men had drawn up close behind and around and were now looking on, almost too astonished to venture opinions. Then a mans voice broke the momentary silence:
"Looks as if they 'ad been 'avin a 'op with a cussed treat shark!"
The Second Mate moved the light along the bars. "The door's shut and the toggel's on, Sir," he said in a low voice.
The Skipper grasped his meaning but said nothing.
"S'posin' it 'ad been one o' us," muttered a man behind him.
From the surrounding "crowd" there came a murmur of comprehension and some uneasy glancing from side to side and behind.
The Skipper faced round upon them.
He opened his mouth to speak; then shut it as though a sudden idea had come to him.
"That light, quickly, Mister Kasson!" he exclaimed, holding out his hand.
The Second passed him the lamp, and he held it above his head.
He was counting the men. They were all there, watch below and watch on deck; even the man on the lookout had come running down.There was absent only the man at the wheel.
He turned to the Second Mate.
"Take a couple of the men aft with you, Mr. Kasson, and pass out some lamps. We must make a search!"
In a couple of minutes they returned with a dozen lighted lamp which were quickly distributed among the men; then a thorough search of the decks was commenced. Every corner was peered into; but nothing found, and so, at last, they had to give it up, unsuccessful.
"That'll do, men," said Captain Tom. "Hang one of those lamp up foreside the pigsty and shove the others back in the locker." Then he and the Second Mate went aft.
At the bottom of the poop steps the Skipper stopped abruptly and said "Hush!" For a half a minute they listened, but without being able to say that they had heard anything definite. Then Captain Tom Pemberton turned and continued his way up onto the poop.
"What was it, Sir?" asked the Second, as he joined him at the top of the ladder.
"I'm hanged if I know!" replied Captain Tom. "I feel all adrift. I never heard there was anything-anything like this!"
"And we've no dogs aboard!"
"Dogs! More like tigers! Did you hear what one of the shellbacks said?"
"A shark, you mean, Sir?" said the Second Mate, with some remonstrance in his tone.
"Have you ever seen a shark-bite Mister Kasson?"
"No, sir," replied the Second Mate.
"Those are shark-bites, Mister Kasson! God help us! Those are shark-bites!"


*************************


 三匹の豚のうちの二匹は、豚小屋の右舷側の角で身を寄せ合っていたが、どちらも体中血まみれだった。そして最後の一匹、そいつは一番でかいやつだったが、仰向けにぶっ倒れていた。豚は、喉の辺りをまともにガブリとやられたようで、一目で死んでいることがわかった。
 トムは手を二等航海士の肩に置いて屈み込み、小屋の中をもっとよく見ようとした。
 「おい、こりゃひでぇな。見ろよ、カッソン。なんだこりゃ……」彼は言葉を失った。
 辺りにいた水夫たちも寄ってきて中を覗き込んだが、驚きのあまり、言うべき言葉がみつからないようだった。その時、一人の男の言葉が、沈黙を破った。
 「まるで、鮫にさんざ嬲られたみてえだ!」
 二等航海士は、カンテラを格子に沿って動かした。「扉も閉まっているし、留め木も掛かってる……」彼は低い声で言った。
 トムは、その言葉が何を意味するのかは理解したが、何も言わなかった。
 「そいつは、俺らのうちの一人が確かめてまさあ」トムの後ろにいた男が呟いた。
 ざわめく声があちらこちらから起こり、次第に動揺が、辺りを取り巻く水夫たちの中に広がって行った。
 トムは水夫たちの方に向き直った。
 そして、何か言おうと口を開いたが、突然何かを思いついたかのように、言葉を飲み込んだ。
 「カッソン、カンテラをくれ。早く!」トムは叫び、手を伸ばした。
 カッソンはトムにカンテラを渡した。トムは、カンテラを頭の上にまで持ち上げた。
 彼は水夫たちを確かめていった。だが、死んでしまった男を除けば、デッキの上と下に、全ての乗員が揃っていた。いないのは、舵を取っている水夫だけだった。
 トムは二等航海士の方に向き直った。
 「カッソン、水夫たちを二、三人連れて船尾へ行き、カンテラを持ってきて配ってくれ。船の捜索をしよう!」
 数分後、カッソンらは一ダースもの灯りの点ったカンテラを持って戻り、水夫らに分配した。彼らはデッキを徹底的に捜索した。どんな物陰の暗がりも、隅々まで確認し、見落とさなかった。けれども、何一つ見つけることは出来なかった。それで、彼らは不首尾のまま、捜索を打ち切らざるを得なかった。
 「やるだけのことはやった」とトム船長は言った。「カンテラのうち一つは豚小屋の前に吊るしておけ。それ以外は、元の場所に戻しておけ」そして、トムは二等航海士とともに船尾の方へ向かった。
 だが、船尾へのステップの一番下で、トムは突然足を止めた。そして、「静かにしろ!」と囁いた。それから三十秒ほどの時間、二人は耳を欹てていた。しかし、これといった物音は聞こえては来なかった。それで、トムは再び船尾へ向かって歩き始めた。
 「どうかしたんですか、船長?」カッソンはステップの上でトムに追いつき、訊いた。
 「知るかよ!」トムは答えた。「狐につままれたみてえだ。俺はこんなことは聞いたことがない……こんなことがあるなんてな!」
 「犬を乗せた覚えもねえんですからね!」
 「犬だって!それも言うなら虎だろうよ!お前は老水夫の言葉を聞かなかったのか?」
 「鮫みてえだって言ってた、あれですか、船長?」二等航海士は冷ややかな口調で言った。
 「お前は鮫に齧られた跡を見たことがねえのか、カッソン?」
 「いや、ねえです、船長」二等航海士は言った。
 「あれは鮫の噛み跡だぜ、カッソン!なんてこった!ありゃ鮫の齧った跡だぜ!」

(shigeyuki)


The sun had set some minutes and the evening was dwindling rapidly into night when from forward there came a tremendous uproar of pigs squealing and shrieking. Captain Tom and the Second Mate, who were pacing the poop together, stopped in their promenade and listened.
"Damnation!" exclaimed the Captain. "Who's messing with the pigs?"
The Second Mate was proceeding to roar out to one of the prentices to jump forward and see what was up when a man came running aft to say that there was something in the pigsty getting at the pigs, and would he come forward. On hearing this, the Captain and the Second Mate went forward at a run. As they passed along the deck and came nearer to the sound of action, they distinctly heard the sound of savage snarling mingled with the squealing of the pigs.
"What the devil's that!" yelled the Second, as he tried to keep pace with the Skipper. Then they were by the pigsty and, in the gathering gloom, found the crew grouped in a semicircle about the sty.
"What's up?" roared Captain Tom Pemberton. "What's up here?" He made a way through the men, and stooped and peered through the iron bars of the sty, but it was too dark to make out anything with certainty. Then, before he could take away his face, there came a deeper, fiercer growl, and something snapped between the bars. The Captain gave out a cry and jumped back among the men, holding his nose.
"Hurt, Sir?" asked the Second Mate anxiously.
"N-no," said the Captain in a scared, doubtful voice. He fingered his nose for a further moment or two. "I don't think so."
The Second Mate turned and caught the nearest man by the shoulder.
"Bring out one of your lamps, smart now!" Yet even as he spoke, one of the Ordinaries came running out with one ready lighted. The Second snatched it from him and held it toward the pigsty. In the same instant something wet and shiny struck it from his hand. The Second Mate gave a shout, and then there was an instant's quietness in which all caught a sound of something slithering curiously along the decks to leeward. Several of the men made a run to the forecastle; but the Second was on his knees groping for the lantern. He found it and struck a light. The pigs had stopped squealing, but were still grunting in an agitated manner. He held the lantern near the bars and looked.


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 錯乱した豚たちがキーキーと鼻面を鳴らしながら逃げ惑う、その酷く姦しい音が船首方向から聞こえてきたのは、太陽はまだ水平線の上にあったが、黄昏時が急速に宵闇へと落ち込みつつある時間だった。トム船長と二等航海士は共に船尾の辺りを歩いていたのだが、その声で足を止め、耳を欹てた。
 「くそったれが!」トムは叫んだ。「誰だ、豚をからかってやがる奴は?」
 二等航海士は水夫見習いの一人に、急いで前の方に行って一体何が起こっているのか見て来いと怒鳴った。その見習いが船尾に駆け戻ってきて言うには、豚小屋の中に何かがいて、豚を襲っているみたいだということだった。それを聞いた船長と二等航海士は、走って甲板前方に向かった。甲板を駆け、音のする方へ近付くにつれて、二人の耳にははっきりと、豚の悲鳴に混じった獰猛な唸りのようなものが聞こえてきた。
 「今のはいったい何だ?」二等航海士は、船長と足並みを揃えて走りながら、叫んだ。二人が豚小屋に辿り着いた時には既に、宵闇が迫る中、小屋を取り巻くようにして水夫達が群がっていた。
 「何だ?」トム・ペンバートン船長は怒鳴った。「この中で何が起きてるっていうんだ?」彼は水夫たちを掻き分けて進み、屈んで、豚小屋の中を鉄格子越しに覗き込んだ。しかし、中は余りに暗くて、殆ど何も見えなかった。それでトムが顔を引っ込めようとした時、奥の方で獰猛な唸り声がしたかと思うと、何かが格子の間から噛み付いてきた。トムは悲鳴をあげて水夫たちの中に飛び退き、鼻を手で覆った。
 「怪我をしたんで?」二等航海士は心配そうに訊いた。
 「いや……」船長は怯えたような声で、ぼそぼそと言った。それから随分長い間、指で鼻をさすっていたが、やがて、「大丈夫みたいだ」と言った。
 二等航海士は踵を返し、一番近くにいた水夫の肩を掴んだ。
 「おい、すぐにランプを持ってこい!」彼がそう言うか言わないかのうちに、オーディナリーの一人が火の灯ったランプを持ってきた。二等航海士はそれをひったくると、豚小屋の中を照らそうとした。その瞬間、何か、濡れた光るものが、彼の手からランプを叩き落とした。二等航海士は声をあげた。一瞬の静寂の後、そこにいた誰もが、何か得体の知れないものが甲板を、風下の方に向かってズルズルと滑って行くような音を聞いた。水夫達の中には、船首楼に向かって駆け寄るものもいたが、二等航海士は膝をついたまま、カンテラを手探りで探していた。彼はカンテラを見つけると、火を灯した。豚たちは既にキーキーと鳴き叫ぶのはやめていたが、まだ動揺した様子で、落ち着きなくブウブウと唸っていた。彼はカンテラを格子に近付け、中を覗き込んだ。

They returned with him to the ship where he was made comfortable in a spare bunk and on the next day being sufficiently recovered, told how that he had been one of the A.B.'s in the Cyclops, and how that she had broached to while running before the gale two nights previously, and gone down with all hands. He had found himself floating beside her battered lifeboat, which had evidently been torn from its place on the skids as the ship capsized; he had managed to get hold of the lifelines and climb into her, and since then, how he had managed to exist, he could not say.
Two days later, the man who had fallen through the breaking of the crane line expired; at which some of the crew were uneasy, declaring that the old packet was going back on them.
"It's as I said," remarked one of the Ordinaries, "she's 'er bloomin', 'aunted tin kettle, an' if it weren't better bein' 'aunted 'n 'ungry, I'd bloomin' well stay ashore!" Therein he may be said to have voiced the general sentiments of the rest.
With this man dying, Captain Tom Pemberton offered to sign on Tarpin-the man they had picked up-in his place. Tarpin thankfully accepted, and took the dead man's place in the forecastle; for though undeniably an old man, he was, as he had already shown on a couple of occasions, a smart sailor.
He was specially adept at rope splicing, and had a peculiarly shaped marlinspike, from which he was never separated. It served him as a weapon too, and occasionally some of the crew thought he drew it too freely.
And now it appeared that the ship's bad genius was determined to prove it was by no means so black as it had been painted; for matters went on quietly and evenly for two complete weeks, during which the ship wandered across the line into the Southern Tropics, and there slid into one of those hateful calms which lurk there remorselessly awaiting their prey.
For two days Captain Tom Pemberton whistled vainly for wind: on the third he swore (under his breath when his wife was about, otherwise when she was below). On the evening of the fourth day he ceased to say naughty words about the lack of wind, for something happened, something altogether inexplicable and frightening: so much so that he was careful to tell his wife nothing concerning the matter, she having been below at the time.


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 航海士らは船に戻ると、連れてきた男を予備の寝台に落ち着かせた。次の日には男は十分な回復を見せ、自分がサイクロプス号のA.B. (<A.B>級の資格を持つ熟練甲板員)であったことや、二昼夜の嵐によって船に穴が空き、ついには海の藻屑と消えてしまったことなどを語った。彼は言った。気が付いた時には、船の壊れかけた救命艇の側で浮かんでいた。ボートは明らかに、船が転覆した時に吐き出されて、漂ってきたに違いなかった。やっとの思いで救命艇に取り縋り、身体を滑り込ませたのだが、それからどうやって生き延びる事ができたのかは、全く覚えていない。
 二日後、クレーンのロープによる事故で怪我をした男が息を引き取った。水夫たちの中には、ついに船がその本性を現し始めたのだと主張し、うろたえる者もいた。
 「俺が言った通りだろ」と一人のオーディナリー(普通船員)が言った。「この船は怒ってんだよ。呪われたブリキのヤカンみたいに。これ以上機嫌を損ねないほうがいい。岸で怒りが収まるのを待とうぜ!」けれどもその言葉の中には、ただ単に休息を取りたいという気持ちがあったのかもしれなかった。
 水夫が死んだため、トム・ペンバートン船長はターピン─彼らが助けた男の名前である─に、死んだ男の代わりに、船員登録をしてくれないかと申し入れた。ターピンはその申し出を、喜んで受けた。そして、水夫部屋の、死んだ男が使っていた場所を引き継いだ。引継ぎとはいえ、彼は紛れもない熟練の水夫だったから、船の業務には既に精通しており、すぐに手腕を発揮することができた。
 とりわけ、彼はロープの組み継ぎの名手だった。彼は特殊な加工をしたスパイキ(漁網やロープを編み込むために使用する円錐形に尖った棒状の道具)を持っていたが、それを片時も放そうとはしなかった。彼の手にかかると、それはまるで武器のようでもあった。水夫達の中には、彼がスパイキを操る手腕に、舌を巻くものもいたのだから。
 水夫の死によって、船が祟られているということは最早証明されたようなものであったが、決して一気に暗転したわけではなかった。それからの二週間は、平穏に何事も無く過ぎていった。だが、船が南洋への回帰線を横断している時に、全くの無風地帯に落ち込んでしまった。それはまるで、彼らを餌食にしようと待ち構えていたかのようだった。
 二日間、トム・ペンバートン船長は風を虚しく待ち続けた。三日目には(彼の妻が近くにいないか、さもなくば下の部屋にいるかの時に限ってだが)、彼は悪態をつき始めた。だが四日目の夕方になると、彼は風が全く吹かないことについてとやかく言うことを一切止めた。何かが、全く説明がつかず、しかも恐ろしい何かが、この船で起こったのだ。そういう訳だったから、彼は注意深く、たまたまその時は下にいた妻がそのことについて頭を悩ますことがないように、心を配ったのだった。


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訳文の斜体の部分は、水夫の語り言葉なのですが、英語力不足のため、あまり自信がありません。
また、グレーのフォント部は、訳注として、僕がつけたものです。
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