Sigsand Manuscript

ウィリアム・ホープ・ホジスンとその周辺

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しばらく連載していた、「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」をPDFにしました。かなり手を入れています。
「The Borderland」のトップページにリンクを貼っています。そちらからどうぞ。
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 学生の下訳程度の翻訳で、いろいろと見直すべきところがありますが、とりあえずは一通り訳しきりました。ご意見、叱責等、よろしくお願いします。
 それでは、ちょっとした解説のようなものを、kaneさんに頂いた資料なども参考にしながら、書くことにします。

 "Eloi Eloi Lama Sabachthani"という小説が最初に世に出たのは1919年のことです。ホジスンが死んだのが前年の1918年ですから、死後発表ということになります。その時のタイトルは"The Baumoff Explosive"というもので、発表されたのは
Nash's Illustrated Weekly 2(2) Sep.20,1919
 です。
 後に、"Eloi Eloi Lama Sabachthani"のタイトルで1973年に
Weired Tales 47(2) Fall, 1973
 に再録されました。この時タイトルが変更されたのは、"Eloi Eloi Lama Sabachthani"の方が本来のタイトルであったとされたためだということです。
 また、この作品が収録されている単行本には、1975年にGrantから出版された"Out of the Storm"があります。

 この作品を一読して、どういう感想を持ったでしょうか。
 短編としての完成度の高さとか、説得力とか、そういった面では逸品とは言えないかもしれませんが、僕はとても興味深い作品だと思います。結果としてオカルト科学を土台にしているわけですが、当時はまだエーテルの存在がアインシュタインらによって完全否定されて間がなかったわけで、いわば学問としての科学の門外漢であるホジスンがまだエーテルの存在を完全に信じていたと考えるなら、彼の科学的なものに対する趣向や論理的な考え方を重視する思考性を読み取れるあたり、SF小説の先駆のひとつと考えていいのではないでしょうか。さらに、忘れてならないのが、この作品とホジスン畢生の長編「ナイトランド」との親和性です。「ナイトランド」の第二章<最後の角面堡>から引用します。

……古い科学(といっても、わたしたちから見れば未来科学だが)に関する記録はお寒いかぎりであるが、それによると、計り知れぬ外宇宙の力をその古い科学が乱してしまい、この正常な現在ではみごとにわれわれを保護してくれている<生命防護層>を、怪物や獣人の一部に突破させる事態を、ひき起こしたのだそうだ。こうして邪霊たちの物質凝固現象が起きたり、また別の場合にはグロテスクで恐ろしいばけものが生み出され、それらが今この世界の人類を取り囲んでいる。外宇宙の力が実際に物体としての形をむすべないような地域でも、精神のいとなみに影響を及ぼす危険な力に侵入をゆるす結果を招いた。

(荒俣宏訳)


 ここで語られている"古い科学"と"Baumoff Explosive"は、その性質から見ても、同じものを指しているように思えます。「ナイトランド」が、文字通り闇に覆われた世界であり、その中を獣人が闊歩しているあたりも、通じるものがありそうです。そういう視点からこの作品を見ると、また色々と面白いのではないでしょうか。

"The explosive the papers are talking about. Yes, that's Baumoff's; that makes it all seem true, doesn't it? They had the darkness at Berlin, after the explosion. There is no getting away from that. The Government know only that Baumoff's formulae is capable of producing the largest quantity of gas, in the shortest possible time. That, in short, it is ideally explosive. So it is; but I imagine it will prove an explosive, as I have already said, and as experience has proved, a little too impartial in its action for it to create enthusiasm on either side of a battlefield. Perhaps this is but a mercy, in disguise; certainly a mercy, if Baumoff's theories as to the possibility of disorganising matter, be anywhere near to the truth.

"I have thought sometimes that there might be a more normal explanation of the dreadful thing that happened at the end. Baumoff may have ruptured a blood-vessel in the brain, owing to the enormous arterial pressure that his experiment induced; and the voice I heard and the mockery and the horrible expression and leer may have been nothing more than the immediate outburst and expression of the natural "obliqueness" of a deranged mind, which so often turns up a side of a man's nature and produces an inversion of character, that is the very complement of his normal state. And certainly, poor Baumoff's normal religious attitude was one of marvellous reverence and loyalty towards the Christ.

"Also, in support of this line of explanation, I have frequently observed that the voice of a person suffering from mental derangement is frequently wonderfully changed, and has in it often a very repellant and inhuman quality. I try to think that this explanation fits the case. But I can never forget that room. Never."

END



****************

 新聞が書き立てていた爆薬。そうだ、あれはバウモフのものだ。明白だと思わないか?爆発の後、ベルリンを闇が覆ったのだ。それを避けるすべはない。だが、政府が知っているのは、バウモフの定理が知られている限り最も短時間で大量のガスを発生させることができるということだけだ。それは、つまるところ、理想的な爆発誘発物質ということになる。そういうわけだ。だが私が既に述べたような体験が明らかにしたように、その爆薬は、戦場ではどちらの陣営にもあまねくその威力を発揮することになると私は思う。それにもしかしたら、それでも甘すぎる考えなのかもしれない。物質の組成を破壊することが可能であるというバウモフの理論が、真実にいくらかでも近いものとするならば、それは疑いもなく甘すぎる考えに違いない。
 私は時々、最後に起こったあの恐ろしい出来事について、もっと常識的な解釈があるのではないかと考える。バウモフは、彼自身が行っていた実験の結果動脈圧が過大となり、脳の血管が破裂したのかもしれない。私が耳にした声や嘲笑、それに身の毛もよだつような表情や流し目、そうしたものは錯乱によって発作的に出てきた自然な《斜格性》にすぎないのかもしれない。人には、普段の性格とは打って変わった全く逆の一面を覗かせることがよくあるが、それは実はその人の基底状態を補完しているものだ。そしてもちろん、気の毒なバウモフの普段の宗教に対する姿勢は、キリストに対して敬虔で忠実なものであった。
 また、この一筋の解釈にすがるために、私はたびたび精神に異常をきたして苦しんでいる人の声を観察するのだが、彼らの声は絶えず驚くほどの変化を見せ、そしてしばしば、とても攻撃的で冷酷な調子を持つ。そのことから、私はこの解釈を一連の出来事に対する真実だと思い込もうとしている。だが、私は決してあの部屋を忘れることなど出来ない。決して。

<終>


"Eloi Eloi Lama Sabachthani"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by shigeyuki



"I came back into this Present, with a dreadful headache oppressing me, to the exclusion of all else. But the Darkness had dissipated. I rolled over on to my side, and saw Baumoff and forgot even the pain in my head. He was leaning forward towards me: his eyes wide open, but dull. His face was enormously swollen, and there was, somehow, something beastly about him. He was dead, and the belt about him and the chair-back, alone prevented him from falling forward on to me. His tongue was thrust out of one corner of his mouth. I shall always remember how he looked. He was leering, like a human-beast, more than a man.

"I edged away from him, across the floor; but I never stopped looking at him, until I had got to the other side of the door, and closed between us. Of course, I got my balance in a bit, and went back to him; but there was nothing I could do.

"Baumoff died of heart-failure, of course, obviously! I should never be so foolish as to suggest to any sane jury that, in his extraordinary, self-hypnotised, defenseless condition, he was "entered" by some Christ-apeing Monster of the Void. I've too much respect for my own claim to be a common-sensible man, to put forward such an idea with seriousness! Oh, I know I may seem to speak with a jeer; but what can I do but jeer at myself and all the world, when I dare not acknowledge, even secretly to myself, what my own thoughts are. Baumoff did, undoubtedly die of heart-failure; and, for the rest, how much was I hypnotised into believing. Only, there was over by the far wall, where it had been shaken down to the floor from a solidly fastened-up bracket, a little pile of glass that had once formed a piece of beautiful Venetian glassware. You remember that I heard something fall, when the room shook. Surely the room did shake? Oh, I must stop thinking. My head goes round.

****************

 再び意識を取り戻した時、他の何よりも、酷い頭痛に悩まされた。しかし《闇》は消滅していた。私は寝返りを打って身体を横にしたが、バウモフの姿を眼にすると、頭の痛みさえ吹き飛んでしまった。彼は私の方に向かって項垂れていた。彼の目は大きく見開かれ、光を失っていた。彼の顔は大きく膨れ上がっていた。その表情には、どういう訳か、どこか獣めいたものが窺えた。彼は死んでいた。彼と椅子の背を結び付けているベルトだけが、彼が私の方に向かって崩れ落ちるのを防いでいた。彼の口の端からは、舌がだらりと垂れ下がっていた。私は彼の眼差しが忘れられない。彼は、人と言うよりは獣人のような、流し目をこちらに送っていたのだ。
 私はじりじりと彼から遠ざかり、フロアを横切っていった。反対側のドアに辿り着き、扉が我々を隔ててしまうまで、私は決して彼から目を離さなかった。もちろん、私はすぐに我に返り、彼の元に取って返した。だが、私に出来る事など何もなかった。
 バウモフは心不全で死んだ。もちろんそれは明白だ!私は、「彼は常軌を逸した自己催眠の結果、無防備な状態に陥り、キリストを真似た虚空の怪物に『取り付かれた』のだ」などと、まともな検死官に対して示唆するような愚を犯すべきではないのだろう。私は常識人であるには余りにも自分の考察を尊重しすぎている。だからそんな考えを真剣に提唱してしまうのだ。ああ、私は自虐的な言い方をしているのかもしれない。だが、自分の考えていることを認める勇気がなく、自分自身にさえ偽る時、全ての世界や自分自身に対して嘲ってみせる以外にできることなどありはしない。バウモフは死んだ。疑いもなく、心不全によって命を失った。その点については、幾らでも自分に思い込ませることができる。ただ一つ、ずっと向こうの壁にしっかりと固定されていた張り出し棚から床に落下して、今では小さなガラスの破片となってしまったもの、あれはかつては美しいベネチアングラスの形をしていたのだ。部屋が揺れた時に私が耳にした、何かが落下する音を覚えているだろう。部屋は、確かに揺れた?ああ、私は考えるのを止めるべきなのだ。考えても、どこにも行き着かないのだから。

"Eloi Eloi Lama Sabachthani"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by shigeyuki



"Baumoff answered, sharp and sudden out of the darkness; but not to me:

"'My God!' he said. 'My God!' His voice came out at me, a cry of veritable mental agony. He was suffering, in some hypnotic, induced fashion, something of the very agony of the Christ Himself.

"'Baumoff!" I shouted, and forced myself to my feet. I heard his chair clattering, as he sat there and shook. 'Baumoff!'

An extraordinary quake went across the floor of the room, and I heard a creaking of the woodwork, and something fell and smashed in the darkness. Baumoffs gasps hurt me; but I stood there. I dared not go to him. I knew then that I was afraid of him ― of his condition, or something I don't know what. But, oh, I was horribly afraid of him.

"'Bau ― ' I began, but suddenly I was afraid even to speak to him. And I could not move. Abruptly, he cried out in a tone of incredible anguish:

"'Eloi, Eloi, lama sabachthani!'But the last word changed in his mouth, from his dreadful hypnotic grief and pain, to a scream of simply infernal terror.

"And, suddenly, a horrible mocking voice roared out in the room, from Baumoff's chair: 'Eloi, Eloi, lama sabachthani!'

"Do you understand, the voice was not Baumoff's at all. It was not a voice of despair; but a voice sneering in an incredible, bestial, monstrous fashion. In the succeeding silence, as I stood in an ice of fear, I knew that Baumoff no longer gasped. The room was absolutely silent, the most dreadful and silent place in all this world. Then I bolted; caught my foot, probably in the invisible edge of the hearth-rug, and pitched headlong into a blaze of internal brain-stars. After which, for a very long time, certainly some hours, I knew nothing of any kind.

****************

 闇を裂くように、バウモフの鋭い声がした。だがそれは私に向けたものではなかった。
 「神よ!」と彼は言った。「神よ!」彼の声は真に苦悩に満ちた魂の叫びとして私に迫ってきた。苦しむ彼の姿は、催眠状態の中にあるかのようだった。それはまるで、キリストの味わった苦悩そのものを体現しようとしているかのようであった。
 「バウモフ!」私は叫び、何とかして立ち上がろうとした。私の耳に、彼の椅子のガタガタと鳴る音が、まるでその上に座っている彼が震えているかのように聞こえてきた。「バウモフ!」
 強烈な振動が部屋のフロアを駆け巡った。床木が軋み、何かが落下して砕ける音が聞こえた。バウモフの苦しむ声が痛々しかった。だが、私はただ立ち尽くしていた。私には彼の所に行く勇気がなかった。その時にはもう私は気付いていた。私は彼を恐れているのだ……彼の状態か、さもなくばもっと別の私にはわからない何かを。いや、そうではない、私は彼自身を恐れているのだ。
 「バウ……」私は言いかけたが、突然彼に声をかけることさえ怖くなった。私は動けなかった。突然、彼は信じ難いほど苦痛に満ちた声で叫んだ。
 「エリ・エリ・ラマ・サバク……!」だがその言葉の終りの方は、何かに取り憑かれたような悲嘆と苦痛のせいで、単に地獄のような恐怖から来る悲鳴のようになって、彼の口の中から歪んで出てきた。
 その時突然、バウモフの椅子の方から、身も凍るような嘲笑が部屋の中に轟き渡った。「エリ・エリ・ラマ・サバクタニ!」
 分かってもらえるだろうか?その声は決してバウモフのものではなかった。それは絶望に満ちた声ではなかったのだ。そう、その声は獣のような、あるいは怪物のような、そんなぞっとする響きを持つ冷笑だった。氷のような恐怖を抱いて立ち尽くす私の周りに、ひたひたと静寂が戻ってきて、私はもはやバウモフの喘ぎ声が聞こえては来ない事を知った。部屋は完璧な静寂に包まれていた。そこはこの世界で最も忌まわしく、静かな場所であった。すぐに私は駆け出した。だが足を敷物の端か何かに取られ、眼から星の出る勢いで、まっ逆さまに転倒した。それから長い時間──おそらく数時間に渡って──私は気を失ったままだった。

"Eloi Eloi Lama Sabachthani"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by shigeyuki



"'Æther, the soul of iron and sundry stuffs' which Baumoff had once taken as a text for an extraordinary lecture on vibrations, in the earlier days of our friendship. He had formulated the suggestion that, in embryo, Matter was, from a primary aspect, a localised vibration, traversing a closed orbit. These primary localised vibrations were inconceivably minute. But were capable, under certain conditions, of combining under the action of keynote-vibrations into secondary vibrations of a size and shape to be determined by a multitude of only guessable factors. These would sustain their new form, so long as nothing occurred to disorganise their combination or depreciate or divert their energy ― their unity being partially determined by the inertia of the still Æther outside of the closed path which their area of activities covered. And such combination of the primary localised vibrations was neither more nor less than matter. Men and worlds, aye! and universes.

"And then he had said the thing that struck me most. He had said, that if it were possible to produce a vibration of the Æther of a sufficient energy, it would be possible to disorganise or confuse the vibration of matter. That, given a machine capable of creating a vibration of the Æther of a sufficient energy, he would engage to destroy not merely the world, but the whole universe itself, including heaven and hell themselves, if such places existed, and had such existence in a material form.

"I remember how I looked at him, bewildered by the pregnancy and scope of his imagination. And now his lecture had come back to me to help my courage with the sanity of reason. Was it not possible that the Æther disturbance which he had produced, had sufficient energy to cause some disorganisation of the vibration of matter, in the immediate vicinity, and had thus created a miniature quaking of the ground all about the house, and so set the house gently a-shake?

"And then, as this thought came to me, another and a greater, flashed into my mind. 'My God!' I said out loud into the darkness of the room. It explains one more mystery of the Cross, the disturbance of the Æther caused by Christ's Agony, disorganised the vibration of matter in the vicinity of the Cross, and there was then a small local earthquake, which opened the graves, and rent the veil, possibly by disturbing its supports. And, of course, the earthquake was an effect, and not a cause, as belittlers of the Christ have always insisted.

"'Baumoff!' I called. 'Baumoff, you've proved another thing. Baumoff! Baumoff! Answer me. Are you all right?'

****************

 「エーテル、鋼の精神、そして種々様々な素質」かつてバウモフは、我々がまだ友情を深め始めたばかりの頃に、波動についての注目すべき講義の中でそのことを扱ったことがある。彼は、初期段階では、「物質」は、その基本的な性質から、限定的な範囲の中のみで作用する局部的波動であるということを示唆し、それを定式化した。それら初期の局部的波動は想像もつかないほどに小さい。だが一定の条件下で、波動の基調にのっとって化合すれば、多くの推測できる要素によってのみ決定された大きさと形状を持った、第二段階の波動に導くことが可能である。結合が解かれるとか、消滅するとか、エネルギーが転化するとか、そういったことが起きさえしなければだが、波動は新しい形状を維持できるだろう──その結合は、静かなエーテルの持つ不活性さのせいで、波動が活性を持つことのできる領域が閉路となって隠されているために、不安定なものなのだけれども。ところで、そのような初期段階の局部的波動こそが、物質に他ならないのだ。人も、世界も、ああ!そして、宇宙さえも。
 それから彼が言った言葉は、さらに私を打ちのめした。彼は言った。もし十分なエネルギーをエーテルの波動から生み出すことが可能ならば、物質の波動を破壊するか、さもなくば掻き乱すことが可能だろう。だから、エーテルの巨大なエネルギーの波動を生み出すことが出来る機械が手に入るとしたならば、世界はおろか、天国や地獄(もしそんなものがあるとして、さらにそれが物質的な形を持っているとするならばだが)をも含めた宇宙そのものさえ破壊してしまえることが、約束されたことになるだろう。
 私はその空想力の広大さと豊かさに当惑して、彼を見詰めたことを覚えている。そして今、彼の講義が再び脳裏に蘇ったが、今度は理性を保つ勇気を与えてくれた。彼によって生み出されたエーテルの撹乱が、このすぐ近隣の物質の波動をいくらかでも破壊するのに足りるだけのエネルギーを持っていることはありえないのではないか。せいぜいがこの家の周囲に小さな地震を引き起こすか、ひょっとしたら、家をちょっと揺らすだけなのではないだろうか?
 だがその時、そうした考えと平行して、もう一つの、もっと大きな閃きが頭の中に浮かんだ。「ああ、そういうことか!」と私は部屋の闇に向かって大きな声で叫んだ。それは、もう一つの十字架の謎を解き明かす閃きであった。エーテルの撹乱がキリストの苦しみによって引き起こされ、十字架の周囲にある物質の波動を乱した。その結果、小規模な局地的地震が生じたのだ。墓穴が開いたとか、ベールが裂けたとかいうのは、もしかしたら彼の支持者らによる喧伝なのかもしれないけれども。もちろん地震は結果であって、キリストが常々戒めていたように、それを目的としていたわけでは決してない。
 「バウモフ!」私は言った。「バウモフ、君はもう一つのことを証明してみせたんだ。バウモフ!バウモフ!答えてくれ!どうしたんだ?」

"Eloi Eloi Lama Sabachthani"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by shigeyuki



"You've no idea of the effort it took to speak aloud into that darkness; and when I did speak, the sound of my voice set me afresh on edge. It went so empty and raw across the room; and somehow, the room seemed to be incredibly big. Oh, I wonder whether you realise how beastly I felt, without my having to make any further effort to tell you.

"And Baumoff never answered a word; but I could hear him breathing, a little fuller; though still heaving his thorax painfully, in his need for air. The incredible shaking of the room eased away; and there succeeded a spasm of quiet, in which I felt that it was my duty to get up and step across to Baumoffs chair. But I could not do it. Somehow, I would not have touched Baumoff then for any cause whatever. Yet, even in that moment, as now I know, I was not aware that I was afraid to touch Baumoff.

"And then the oscillations commenced again. I felt the seat of my trousers slide against the seat of my chair, and I thrust out my legs, spreading my feet against the carpet, to keep me from sliding off one way or the other on to the floor. To say I was afraid, was not to describe my state at all. I was terrified. And suddenly, I had comfort, in the most extraordinary fashion; for a single idea literally glazed into my brain, and gave me a reason to which to cling. It was a single line:

****************

 そんな闇の中で大きな声で話すためにはどれほどの努力が必要であるか、あなたには分からないだろう。私は話しながら、自分の声の響きに今更ながら不安にさせられた。それは空虚に、とても寒々しく部屋の中に響いた。そしてどういうわけか、部屋が信じられないほど巨大に感じた。ああ、いくら言葉を尽くして語っても、その感じをどれだけ伝えることが出来るものだろうか。
 バウモフはどんな返答も返しては寄越さなかった。だが私は彼のやや深くなった呼吸を聞く事ができた。とはいえ、彼の胸郭は空気を希求するかのように、苦しげな起伏を繰り返していた。奇妙な部屋の振動は収まった。かわりに、水を打ったような静寂がやってきた。私はそうすることが自分の責任だと感じ、立ち上がって、バウモフの椅子の方に向かって足を踏み出そうとした。だが私は躊躇した。どういうわけか、私はその時どんな形でもバウモフに触れる気にはなれなかった。その時には分からなかったが、今の私にはわかる。私は無意識のうちに、バウモフに触れることを「恐れて」いたのだ。
 それから再び振動が始まった。私は自分のズボンが椅子の上で滑るのを感じた。それで私は足を突き出し、カーペットの上で広げて、フロアの上を滑ってゆかないようにふんばった。恐れていた、という言葉では私の状態を正確には言い表せていない。私は怯えていたのだ。だが突然、私は最も奇妙な形で、心を落ち着けることになった。一つのアイデアが、パッと頭の中を照らしたように思ったのだ。それが私を、事の成り行きを見守ろうと決心させた理由だった。全ては、一つの線上にあることなのだ。

"Eloi Eloi Lama Sabachthani"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by shigeyuki



"'Baumoff.' I said again. 'Baumoff! Stop it.' " And as I listened for his answer, I was relieved to think that his breathing was less shallow. The abnormal demand for oxygen was evidently being met, and the extravagant call upon the heart's efficiency was being relaxed.

"'Baumoff!' I said, once more. 'Baumoff! Stop it!'"

"And, as I spoke, abruptly, I thought the room was shaken a little.

"Now, I had already as you will have realised, been vaguely conscious of a peculiar and growing nervousness. I think that is the word that best describes it, up to this moment. At this curious little shake that seemed to stir through the utterly dark room, I was suddenly more than nervous. I felt a thrill of actual and literal fear; yet with no sufficient cause of reason to justify me; so that, after sitting very tense for some long minutes, and feeling nothing further, I decided that I needed to take myself in hand, and keep a firmer grip upon my nerves. And then, just as I had arrived at this more comfortable state of mind, the room was shaken again, with the most curious and sickening oscillatory movement, that was beyond all comfort of denial.

"'My God!' I whispered. And then, with a sudden effort of courage, I called: 'Baumoff! For God's sake stop it."

****************

 「バウモフ!」私はまた言った。「バウモフ!やめろって言ってるだろ!」そして私は彼の答えを待って耳を澄ましたが、彼の呼吸がやや浅くなったように感じて安堵した。酸素の消費量が異常だったのは明らかだったから、心臓にかかっていた負担が落ち着きつつあるのだ。
 「バウモフ!」私はまた言った。「バウモフ!止そう!」
 そう私が言った時、不意に、部屋の中が少し揺らいだような気がした。
 その時私は、多分想像がつくだろうが、一種独特の不安を漠然と感じていた。それがこの場合最も的を得た表現だろう。ところがこの奇妙で微かな揺らぎは、全き暗闇の中に沈んでいる部屋を掻き乱したように思え、私の不安をさらに増大させた。私はその事実に怯え、恐怖した。だが、まだそれが確かに起こったことだと判断するには至っていなかった。それで、それから長い時間じっと身体を固くして座っていたが、もはや何も起こらないと判断すると、私は自分の感情をコントロールして、神経をしっかりと保つ必要があると強く思った。私がそうやってようやく心の平穏を取り戻したまさにその時、部屋は再び揺れた。それはなんとも奇妙な、吐き気を催すような振動であり、あらゆる平穏さを奪い去るものであった。
 「ああ!」と私は呟いた。それから私は勇気を出して叫んだ。「バウモフ!頼むから止めてくれ

"Eloi Eloi Lama Sabachthani"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by shigeyuki


<原文>
After that, he walked forrard to the break of the poop, and lit his pipe, again--walking forrard and aft every few minutes, and eyeing me, at times, I thought, with a strange, half-doubtful, half-puzzled look.
Later, as soon as I was relieved, I hurried down to the 'prentice's berth. I was anxious to speak to Tammy. There were a dozen questions that worried me, and I was in doubt what I ought to do. I found him crouched on a sea-chest, his knees up to his chin, and his gaze fixed on the doorway, with a frightened stare. I put my head into the berth, and he gave a gasp; then he saw who it was, and his face relaxed something of its strained expression.
He said: "Come in," in a low voice, which he tried to steady; and I stepped over the wash-board, and sat down on a chest, facing him.
"What was it?" he asked; putting his feet down on to the deck, and leaning forward. "For God's sake, tell me what it was!"
His voice had risen, and I put up my hand to warn him.
"H'sh!" I said. "You'll wake the other fellows."
He repeated his question, but in a lower tone. I hesitated, before answering him. I felt, all at once, that it might be better to deny all knowledge--to say I hadn't seen anything unusual. I thought quickly, and made answer on the turn of the moment.
"What was what?" I said. "That's just the thing I've come to ask you. A pretty pair of fools you made of the two of us up on the poop just now, with your hysterical tomfoolery."
I concluded my remark in a tone of anger.
"I didn't!" he answered, in a passionate whisper. "You know I didn't. You know you saw it yourself. You pointed it out to the Second Mate. I saw you."
The little beggar was nearly crying between fear, and vexation at my assumed unbelief.
"Rot!" I replied. "You know jolly well you were sleeping in your time-keeping. You dreamed something and woke up suddenly. You were off your chump."
I was determined to reassure him, if possible; though, goodness! I wanted assurance myself. If he had known of that other thing, I had seen down on the maindeck, what then?
"I wasn't asleep, any more than you were," he said, bitterly. "And you know it. You're just fooling me. The ship's haunted."
"What!" I said, sharply.
"She's haunted," he said, again. "She's haunted."
"Who says so?" I inquired, in a tone of unbelief.
"I do! And you know it. Everybody knows it; but they don't more than half believe it . . . I didn't, until tonight."
"Damned rot!" I answered. "That's all a blooming old shellback's yarn. She's no more haunted than I am."
"It's not damned rot,' he replied, totally unconvinced. "And it's not an old shellback's yarn . . . Why won't you say you saw it?" he cried, growing almost tearfully excited, and raising his voice again.
I warned him not to wake the sleepers.
"Why won't you say that you saw it?" he repeated.
I got up from the chest, and went towards the door.
"You're a young idiot!" I said. "And I should advise you not to go gassing about like this, round the decks. Take my tip, and turn-in and get a sleep. You're talking dotty. Tomorrow you'll perhaps feel what an unholy ass you've made of yourself."
I stepped over the washboard, and left him. I believe he followed me to the door to say something further; but I was half-way forrard by then.
For the next couple of days, I avoided him as much as possible, taking care never to let him catch me alone. I was determined, if possible, to convince him that he had been mistaken in supposing that he had seen anything that night. Yet, after all, it was little enough use, as you will soon see. For, on the night of the second day, there was a further extraordinary development, that made denial on my part useless.


俺は当直が明けるとすぐに、見習いの船室へと急いだ。あいつと話しをしたかった。悩む理由はいくらもあったし、それにどうしたものかと迷ってたんだ。あいつは衣類箱の上で膝を顎にくっつけて縮こまり、何かにおびえるように入口を睨みつけてた。俺が船室を覗きこんだら、あいつははっと息を飲んだが、入って来たのが誰だかわかると、こわばった顔つきがゆるんでいくのがわかった。そして、落ち着きを示そうといわんばかりに「どうぞ」と低い声で言った。俺は波切り板を越え、あいつと向き合うようにして衣類箱に腰を下ろした。
「あれは何なんです」タミーは足を床におろし、身を乗り出していった。
「お願いですから、あれが何なのか教えて下さい」あいつの声が高くなったんで、俺は手を揚げて制した。「しっ!他の奴らを起こしたいのか」
 あいつは同じことを繰り返したが、今度は低い声だった。俺は言葉を返そうとして、少しためらいを感じた。こいつには全てを話さないほうがいいんじゃないのかって思ったんだよ、何の妙なものも見てないとかなんとかいってさ。すばやく考えを巡らせ、答えを返した。
「何が何だって、ちょうどこれから聞かせてもらおうと思ってたところだ。たった今、船尾楼の上でヒステリックな馬鹿げた身振りで俺達ふたりにしてみせた悪ふざけのことだ」怒ったような調子で言葉を切った。
「悪ふざけなんかじゃありません!」ささやくような声で激しい感情をこめてタミーは答えた。「そんなことしてないってわかってるはずです。自分で見たでしょう、二等航海士に指さしたじゃないですか。ぼくは見たんですからね」俺のスッとぼけに恐れ苛立ち、今にも叫び出さんばかりだ。
「下らん!おまえは計時係の真っ最中に居眠りぶっこいてたのをよくわかってるんだろう、何か夢を見てすぐに眼を覚ましたんだ。気でも違ったのか」
 できるならあいつを安心させてやろうと思ってた。しかし、神よ!俺こそが自信を必要としていたんだ。もし、あいつが他のことを、俺がメイン・デッキで見た奴みたいななことを知っていたとすれば、いったいどうだろう!
「あなたほどもねぼけてなんかいませんでしたよ」あいつは苦々しげにいった。
「あれのこと知ってるんでしょ、からかってるだけなんだ。この船は取り憑かれてるんだ」
「何だと」
「この船は取り憑かれてるんだ」そしてまた「この船は呪われてるんだ」
「誰がそんなことをいった」俺は少しだって信じていないっていうふうに尋ねた。
「ぼくがです!あなたも知ってるんでしょう。みんな知ってますよ。だけど、その半分も信じちゃいない。・・・ぼくも今晩まではそうでしたがね」
「くだらんたわごとだ!そんなもの老いぼれ水夫の噂話しさ。この船はな、俺ほども呪われちゃいねえよ」
「くだらんたわごとなんかじゃないです」あいつは言い返した、全く納得してないようだった。「それに老いぼれ水夫の噂話しでもありませんよ・・・どうしてあれを見たっていってくれないんです」と、涙も流さんばかりに興奮して声を張り上げた。俺は、寝ている奴らを起こさないよう制した。
「どうしてあれを見たっていってくれないんです」あいつは繰り返した。
 俺は衣類箱から立ち上がるとドアに向かった。
「おまえは馬鹿なくそがきさ。一ついっといてやろう、もうデッキでさっきみたいにほらを吹いて回わらんことだ。俺の言う事はきいといたほうがいいぞ。そしてさっさと寝ろよ。おまえ、いうことが何か妙だぞ。明日になったら何てつまらない事をやったんだって思うだろうさ」
そして、波切板を跨いでタミーのとこを後にした。あいつはまだ何かいおうとしてドアまで追ってきたみたいだったが、俺はもう、ずっと先へ行ってしまってた。
 それからの二日間、できるだけあいつを避け続け、一人きりで捕まらないように気をつけた。できるなら、あの夜、他の何かを見間違えたんだとかなんとかいって言い篭めてやろうと決めたんだ。だけど、すぐにわかるだろうが、そんなことほとんど意味がなかったよ。二日目の夜、俺の方をはねつけるような、もっととんでもない展開があったんだ。

訳がよく分からない部分はshigeyuki氏にならって色をつけました。
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kane

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