Sigsand Manuscript

ウィリアム・ホープ・ホジスンとその周辺

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   ▲闇中あんちう何者かうごめく

 余はくの如くにして音響おんきやうの源が何處いづこにあるかといふことをきはめるめに種々しゆゞゝな苦心をした。其結果そのけつくわ舷側ふなべり欄干レールが、其の怪音くわいおんを間接に傳導でんだうするのだといふことを知つた。そこで余は欄干レールに耳を押し付けて、およ音響おんきやうの所在をたしかめたのち此所ここぞと思ふところへ例の牛眼燈ぎうがんとうを照らして見た。余は其處そこで何者か動くものを發見はつけんしたが、その正體しやうたい見現みあらはすまへに、早くも怪物くわいぶつは姿を海草かいさうかげに没してしまつた。
 何時いつの間にか妻が短銃ピストルげて、余の後に立つて居た。彼女かれ上甲板うへける余の擧動きどうを、初めから凝乎じつと見守つて居たのである。
 『萬一もしもの事があるといけませんから下甲板したへ降りて下さいな。』と妻はしきりに余を説きすすめた。
 しかし余はその勸告くわんこくに従ふことをしなかつた。そして暫く後部最上甲板ブーブに立つて、怪物くわいぶつ現はれるのを待つた。
 刻一刻こくいつこくと更けた。灰色はひいろに曇つた空からも、何か變化へんくわが現はれさうながして、待ちぐんで下甲板したに降りるまでの二時間ばかりといふものは、余の全身は妖魔えんまてのひらの下に壓伏おしつけられて居るやうな心持こころもちがした。

"From the Tideless Sea"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by 阿武天風

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   ▲手斧てをの短銃ピストルひつさげて

 
 余はこの或る安心を求めるやうな質問にたいして、別に適當てきたうこたへを見出すことができなかつた。
 『オヤまた何だか聞えるやうですね。』と妻がいふ。
 『ウム成程なるほどまだ何かコトゝゝいつているやうだな。』
 せいでも何でもない。正に舷側ふなべりでコトゝゝ音がする。
 『早く上甲板うへへ上りませう。到底とても這麼こんな氣味きみわるところにはられませんわ。病氣びやうきになりますよ。』
 妻にすゝめられて上甲板うへに上がつたが、わづか五分間程しづかであつたきり、今度はきはめて明らかな音が聞え始めた。余は妻を食堂サルーンに連れて行つて其處そこで待たせ、船室キヤビンから短銃ピストルを持出し彈丸たまめてポケツトの中にぢ込み、食器室パントリーから牛眼燈ぎがとうを出してそれに火をてんじた。
 うして上甲板うへに出た余は、後檣ミヅンマストの根元にかけてあつた手斧てをのひつさげ、さききに激しい音のした左舷側さげんそくを覗いて見た。しかし余は其然そこで何者をも見出すことができなかつた。そこで余は後部最上甲板ブープから船尾スターンを見たが、此處ここにも何等なんら怪しむべきものはなかつた。もつとも怪しの音は水線下すゐせんかでするのだから。上甲板うへから海面かいめんを覗いたくらゐでは、何者も見ることができなかつたのが當然たうぜんだつたかも知れない。けれども、場所が場所、事情じゞやう事情じゞやうであるから、余はこれつて少なからず理性の平調へいてうを破られたこと勿論もちろんである。

"From the Tideless Sea"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by 阿武天風

   ▲水線以下すゐせんいか怪音響くわいおんきやう
 


 十ぐわつの下旬或夜あるよのことであつた。余が船艙せんそうに降りて、糧食りやうしよくを検査しようとすると、右舷うげんの方にあたつて、不思議にもタツプータツプータツプと云ふ音が聞こえた。しかもそれがたしかに水線すゐせん以下である。
 余は何だらうと思ひながら、暫く突立つたまゝみゝを傾けていた。けれども余にはそれが何だといふことは判断が付かなかつた。其内そのうちに怪しい音は止んだが、又始まるだらうと思つて依然として舷側げそくを配つて居た。
 スルト案のじう又タツプータツプと音が聞こえ始めた。が、今度はそれが左舷さげん の方でするのである。余は慄然ぞつとしてしまつた。何しろ絶海に四年の歳月を送つて、再び他の人類じんるゐと相見ることのできない憂鬱的いううつてきな生を送つて居るところへ、不意に這麼こんな音を聞かされては、余の精髄せいずゐすべての不ふしやう刺戟しげきを受くためは無理からぬことである。しかしながら余は何時いつまでも驚きおのゝいては居られない。そこで勇氣ゆうきを振り起し、音のする方へツカゝゝと歩み寄つた。そして靜乎と耳を傾けた。
 明らかに騒々さうゞゝしい物音が聞える。何か堅いもので船側ふなべりを叩くやうな、といつても解るまいが、鐡槌ハンマー舷側ふなべり鐡板てついたでも叩くやうな音である。スルト今度は不意に水雷すゐらいでも爆發ばくはつしたやうな音がした。余はこのけたゝましい音響おんきやうに脅かされ、吃驚びつくりして後へ引き退つたのである。
 余はこの不思議な音を三度ばかり聞いた。しかし三度きりであとは一しきり元の靜寂にかえつた。
 『今の音は何でございませうか。』と妻が余に訊いた。
 『つ!靜に!』と余は妻の言葉を遮つた。
 彼女かれ餘程よほど恐怖に打たれたと見え、色蒼いろあおざめて余の傍に降りて來た。そしてこえを潜めてういつた。
 『なんでせうねえ。今の音は?』
 余がこの問ひに答へやうとする途端、又恐しい音響おんきやう舷側ふなべりの外に起つた。妻はをんなだけにキヤツと叫んで二三歩引退つたが遠雷えんらいのやうにひゞきの名殘なごりが靜まると、彼女かれこゑをはづませて三度みたびう訊いた。
 『なんでせうねえ?なんでせうねえ?なんでせうねえ?』

"From the Tideless Sea"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by 阿武天風

   ▲おそ しい!寂しい!凄い!
 

 余等よらが魔の海に囚はれてから、初めの四年といふものは何事もなく過ぎた。ただ余が余の船を包圍ほうゐした林の如き海草かいさうり開いて、外海ぐわいかい脱出ねだしやうとくはだてた危險きけんを除いては、この 四年間は寂しいながらも無事なものであつた。けれども、斯る絶海の魔所ましょに、何時いつまで永く平和な日がつづかう?果せるかな余は思ひまうけぬ新しい危險きけんを見出したのである。
 船の周圍しうゐが林の如き海草かいさうまれたことはまへに述べたとほりであるが、この海草かいさうあひだには巨大なる章魚たこんでて、と気にその怪しき頭と手とをもたげて、余等よらよらを脅かすのであつた。のみならずこの海の怪物くわいぶつ危險きけんほかに、海をおほ海草かいさうの面積が、あだか虐主ぎやくしゆ他人ひとくにを征服するが如く、見るゝゝ内に遥かな地平線までひろがるといふ恐しさがくははつてた。余はかゝところに如何なる異變いへん怪事くわいじがあつても、それは無理でないといふことを考へるようになつた。
 余は眼前がんぜんこの怪異くわいゝなる現象げんしやうを見ながら、しかも眼を閉ぢては到底たうてい是を想像さうゞゝすることはできない。また何人なんびとむかつてもこの物凄ものすご光景ありさま想像さうゞゝせよとはいはぬ。それはすべてが人間の想像さうゞゝと、あまりにけ離れた事ばかりであるからだ。
 風がしづまると余等は無限の大沈默だいちんもくつゝまれてしまふ。恐しい!寂しい!物凄もすごい!

"From the Tideless Sea"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by 阿武天風

 ちょっと目先を替えて、以前kaneさんの記事で紹介された、日本で(おそらく)初めて翻訳されたホジスン作品を復刻してみようと思います。
 これは

「冒険世界」 1911, 4(11); p52-58
 (明治44年) 8月1日 博文館発行

に掲載されたもので、ここにちょっと書きましたが、虎髯大尉こと阿武天風によるものです。同誌には、ホジスンの名前は全く出てきませんが、間違いなくホジスンの"From the Tideless Sea"(邦題 「静寂の海から」: 「海ふかく」収録 国書刊行会刊) の翻訳です。著作権なんて、全く無視だったんでしょうね。
 1911年といえば、まだホジスンが存命中で、しかもまだ彼の短篇集は出版されていません。ですから、雑誌からの翻訳となるわけで、これはちょっと驚きです。

 復刻に当たっては、同誌のマイクロフィルムから取ったコピーを使いました。漢字等は、出来る限りそのままにしましたが、部分的には新字を使用した所もあります。また、rubyタグを使用したため、IE(5.0以上)以外のブラウザではルビが適応されず、()でルビが表示されます。なので、できればIE(5.0以上)を使用して読んでいただければ、より楽しめるかと思います(ちなみに、撲はFirefoxを使用していますが、「IE Tab」という、IEのレンダリングエンジンを組み込むことのできるアドオンを利用して、確認をしました)。ちなみに原文では漢字全体にルビが打たれてありますが、煩わしいので、今回は一部省略してあります。あと、見易いように、フォントを多少大きくしてあります。

 それでは、明治時代の文体をお楽しみ頂ければと思います。




20070311181258.jpg



絶海に生き殘った親子三人

天風生譯



 次の一篇はパラガソー海の海草林に難破したホームバードといふ帆船ほまへせんに生き殘つたアーサー、サミユエル、ヒリツプ氏が、一千八百七十九年のクリスマスのて、小さい箱に詰め火球ひだに結び付けて放したものを、千九百*年帆船ほまへせん アグネスの船長ベートマン氏が拾ひ上げたものである。

**************************


 余及び余の妻が、すべ て他の人類社会から遠ざけられて、此の恐しい悪魔の跳梁てうりやう する海に閉ぢ込められてから、永いゝゝ六年の星霜せいさう が過ぎ去つたのである。あゝに余は六年の間、生きたるまま墓場の底に冷たい寂しい日を送つたのである。此先このさき 二人は幾年を此儘このまゝに迎へなければならぬであらうか。
 ああかみ よ!かみ よ!余は既に其を考ふることだに得せぬ程疲れて居る。されど余はくても尚ほ我れと我が身を制御コンツロルしなければならぬ理由りいうつて居る。それは余に今年五歳こんねんいつつになる娘があるばかりに  
 世に生まれて五年、彼女かれは未だかつ て、其父そはちちと母とを除くの外、人間といふものを見たことがない。又それに就て考へたこともない。あはれむべきではあるまいか。おそらく彼女かれ此後このご五十年といふ永い時を過ごしても、今と同じく此世の中で、人間の標本へうほんとして余と余の妻の二人しか知ることができまい。余が彼女かれめに五十年の歳月を豫想よさうすることは愚である。何故なぜなれば余は最早もはや 此先このさき十年の生を保つことすらできないからである。イヤおほくとも十一年とは生きて居ることはできまい。
 吾々われわれいうする糧食りやうしよくも又吾々われわれを十年以上いじやう保たしめることは不可能である。余の妻はあはれにもそんな事を知らぬ。と同時に余も彼女かれをして、斯る絶望的の状態じやうたいを知らしむることを欲しない。事實彼女かれをして る事に、その繊弱かよわい心をらうせしめるといふことは、彼女かれ不必要ふひつえうな死刑を宣告すると同じである。余は如何なる場合ばあひに於てもかく の如き殘酷をあへてするに忍びない。

"From the Tideless Sea"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by 阿武天風

 「死の女神」の中で出てくるインドの絞殺暗殺団『サッグ』については、澁澤龍彦氏の「秘密結社の手帳」(河出文庫)に出てきたのを思い出したので、ちょっと紹介しておく。
 以下は、同書からの抜粋。

 インドの暗殺団「サッグ」
 
 インドには古くから、数々の儀式的殺人を犯してきた怖るべき秘密結社があった。多くのイギリスの冒険小説家が作中に描いた、暗殺団「サッグ」がそれである。十九世紀の初頭においても、まだ彼らはインドの奥地に残存していて、秘密の集団を形成しており、その実数はしばしば数百人といわれた。彼らは、普段は家族とともに一般の職業に従事していて、ある特定の時期に、家を出て暗殺者となるのであった。
(中略)
忘れてならないことは、この秘密結社が本質的に、ヒンズー教の一分派としての宗教団体だったということであろう。団員はことごとく、「黒い母」と呼ばれる死と破壊の女神カーリの熱狂的な崇拝者であった。
(中略)
「サッグ」の教義は、殺された者の血を見ることを不吉としていたから、もっぱら細布を用いて相手を絞殺した。その技術は、まさに神業というべく、数秒のうちに犠牲者は息たえた。
(中略)
イギリス当局の必死の掃滅戦により、ようやく「サッグ」団は奥地に追い詰められ、インド国外に追い出されるに至った。
(後略)


 この作品もそうしたいわゆる「サッグもの」というわけですね。とはいえ、ブルワ=リットンの「不思議な物語」にも出てきましたが、他には思い出せません(「緋色の研究」には、モルモン教が出てきましたね)。
 

"It's Williams and I, Sir," I said. "Tom, here, has had an accident."
I stopped. He began to come up higher towards us. From the rigging to leeward there came suddenly a buzz of men talking.
The Second Mate reached us.
"Well, what's up, anyway?" he inquired, suspiciously. "What's happened?"
He had bent forward, and was peering at Tom. I started to explain; but he cut me short with:
"Is he dead?"
"No, Sir," I said. "I don't think so; but the poor beggar's had a bad fall. He was hanging by the gasket when we got to him. The sail knocked him off the yard."
"What?" he said, sharply.
"The wind caught the sail, and it lashed back over the yard--"
"What wind?" he interrupted. "There's no wind, scarcely." He shifted his weight on to the other foot. "What do you mean?"
"I mean what I say, Sir. The wind brought the foot of the sail over the top of the yard and knocked Tom clean off the foot-rope. Williams and I both saw it happen."
"But there's no wind to do such a thing; you're talking nonsense!"
It seemed to me that there was as much of bewilderment as anything else in his voice; yet I could tell that he was suspicious--though, of what, I doubted whether he himself could have told.
He glanced at Williams, and seemed about to say something. Then, seeming to change his mind, he turned, and sung out to one of the men who had followed him aloft, to go down and pass out a coil of new, three-inch manilla, and a tailblock.
"Smartly now!" he concluded.
"i, i, Sir," said the man, and went down swiftly.
The Second Mate turned to me.
"When you've got Tom below, I shall want a better explanation of all this, than the one you've given me. It won't wash."
"Very well, Sir," I answered. "But you won't get any other."
"What do you mean?" he shouted at me. "I'll let you know I'll have no impertinence from you or any one else."
"I don't mean any impertinence, Sir--I mean that it's the only explanation there is to give."
"I tell you it won't wash!" he repeated. "There's something too damned funny about it all. I shall have to report the matter to the Captain. I can't tell him that yarn--" He broke off abruptly.
"It's not the only damned funny thing that's happened aboard this old hooker," I answered. "You ought to know that, Sir."
"What do you mean?" he asked, quickly.


 「ウィリアムスと私です、サー。トムがここにいるんですが、事故っちまって」

 俺は口を閉じた。二等航海士が、さらにこちらへと登り始めていた。ふと、風下側の索具の辺りから男たちのがやがやいう声が聞こえてきた。

  「それで、どうした。いったい何があったんだ」二等航海士は側まで来ると疑わしそうに訊ねた。そして身を乗り出すようにしてトムの顔をのぞき込んだ。俺が説明しようとすると、すぐに遮られた・・・「こいつ、死んだのか」

  「いいえ、そうは思いません、サー。でも、ひどい落ち方をしたもんですから。私たちがここに来たときには、ガスケットに中吊りになってたんです。帆布がこいつを帆桁から叩き落としたんです」

  「なんだと」

  「帆が風を捕らえて、帆桁の上まで吹き上がってきて・・・」

  「風だと」二等航海士は遮っていった。「風なんぞちっとも吹いちゃおらんぞ」そういうと、もう一方の足に体重を移しかえた。「いったい何をいってるんだ」

  「申し上げた通りです、サー。風で帆の下端が帆桁の上へ吹き上がってきて、トムを足場綱から叩き落としたんです。ウィリアムスと私は見てました」

  「だから、そんなになるほど風なんぞ吹いちゃおらんといっとるだろう。ばかをいうのもたいがいにしろ」

 とはいっても、その声には何よりも当惑以上のものが感じられたな。きっと、何か疑っていたんだ・・・もっとも、それをあの人が自分の口からいえるかどうかは怪しいもんではあったがね。

 二等航海士はウィリアムスにちらっと眼を遣り、なにかいおうとした。しかし、気が変わったようで、振り返ると一緒について上がってきた男に、デッキへ降りてテイルブロックと新品の三インチのマニラ綱を一巻持ってくるように命じた。

 「急げ」

 「アイ、アイ、サー」男はいうと、急いで降りていった。

 二等航海士は俺の方に向き直った。

 「トムを降ろしたら、もっとましな説明を聞かせてもらいたいものだな。あんなんじゃ話しにならん」

  「わかりました。でも、他には何もありませんよ」

  「なんだと」と声を荒げて、「教えてやろう、私はな、おまえだろうが他の奴だろうが偉そうなことを言われる筋合いはないってな」

  「別に偉そうにいってるわけじゃありません。私が説明できるのはあれだけなんです」

  「それが話しにならんといっとるんだ。どうも妙な所が多すぎる。私は船長に報告せにゃならんのだぞ。まさか、そんなよた話をするわけにはいくまい・・・」と、不意に話を切った。

  「このボロ船で起こってる妙なことはこれだけじゃないんです。あなたは知っておられるべきです」

  「いったい何のことだ」二等航海士は即座に返してきた。

                                                                

つづく

kane


 

 "The Goddess of Death" は、ホジスンの創作作品としては初めて雑誌に掲載されたものである。いわゆるデビュー作であり、それゆえにタイトルだけはよく知られている。
 初出は 

 Royal Magazine 11(6), April, 1904: p564-70

 であるが、長く単行本等には収録されたことがなかった。
 
 ブルワ=リットンやコナン・ドイルの影響が顕著なミステリーであるが、一読してわかるように、そう大した話ではない。部分的にはホジスンらしいところも垣間見ることができるものの、凡作であることはいかんともし難い。デビュー作といえば、作家のキャリアの中でも重視される作品であり、本来ならもっと注目されていいはずだが、こういう作品なので、半ば無視されてきたというわけだ。 
 とはいえ、やはりデビュー作を紹介しないわけにはゆかないだろう。そう思って翻訳してみた。いかがだろうか。
 しかし、ホジスンは最終的にはミステリーと活劇の世界へ進んでいったわけで、そう思うと確かにデビュー作にはそうした方向性への暗示があったとも考えられるかもしれない。また、一見して超常現象とも取れる現象が、実はそうではなかったと明かされる展開は、後の「カーナッキ」シリーズへと受け継がれていったわけで、ホジスンの合理的、科学的な志向が窺えるあたりは注目すべきだろう。そういった意味でも、翻訳する意義のあった作品と考えることができるかもしれない。




As I did so I thought I saw something of an indistinct whiteness floating a few inches beneath the surface. Involuntarily my left hand took a firmer grip of the lantern, and the fingers of my right hand opened out convulsively.

 What was it I saw? I could feel myself becoming as icy cold as the water itself. I glanced at Will. He was standing disinterestedly a little behind me. Evidently he had, so far, seen nothing.
 Again, I looked, and a horrible sensation of fear and awe crept over me as I seemed to see, staring up at me, the face of Kali, the goddess of Death.
 “See, Will!” I said quickly. “Is it fancy?”
 Following the direction of my grimace, he peered down into the gloomy water, then started back with a cry.
 “What is it Herton? I seemed to see a face like---”
 “Take the lantern, Will.” I said, as a sudden inspiration came to me: “I’ve an idea what it is”; and leaning forward, I plunged my arms in up to the elbows, and grasped something cold and hard. I shuddered, but held on, and pulled, and slowly up from the water rose a vast white face, which came away in my hands. It was a huge mask―an exact facsimile of the features of the statue above us.
 Thoroughly shaken, we retreated to the pedestal with our trophy, and from thence up the ladder into the blessed daylight.
 Here, to a crowd of eager listeners, we told our story; and so left it.
 Little remains to be told.
 Workmen were sent down, and from the water they drew forth the dead body of an enormous Hindoo, draped from head to foot in white. In the body were a couple of bullet wounds. Our fire had been true that night, and he had evidently died trying to enter the pedestal through the submerged opening of the passage.
 Who we was, or where he came from, no one could explain.
 Afterwards, among the colonel’s papers, we found a reference to the High Priest which led us to suppose that it was he, who, in vengeance for the sacrilege against his appalling deity, had, to such terrible purpose, impersonated Kali, the Goddess of Death.

****************

 その時僕は、何か朧げな白いものが水面の数インチほど下に浮かんでいるのを見た気がした。思わず左手でしっかりとランタンを握り締め、そして右手の指を震わせながら開いていた。
 撲が見たものは一体何だったのか?僕はまるで自分が水そのものであるかのように、冷たく凍り付いたように思った。僕はウィルを一瞥した。彼は僕の少し後ろで、無防備のままに立っていた。明らかに彼は、今までのところ、何も見ていないようだった。
 また僕は水面を覗き込んだ。そして、カーリー神……死の女神が僕を見上げている顔を見ていると気付いた時、恐怖と畏怖のぞっとするような感覚が僕の背中を這った。
 「見てくれ、ウィル!」と僕は叫んだ。「幻を見ているんだろうか?」
 僕の視線を追って、彼は暗い水の中をじっと覗き込み、それから悲鳴をあげて飛びのいた。
 「そいつは何なんだ、ハートン?俺には顔のように見えるぞ……」
 「ランタンをかかげてくれ、ウィル」思いついたことがあって、僕は言った。「僕にはそれが何なのか、分かったかもしれない」そして僕は前に身を乗り出して、腕を肘まで水の中に漬し、何か堅くて冷たいものを掴んだ。ゾッとしたが、撲はそれをしっかりと手に掴み、引き上げた。すると水の中から、巨大な白い顔が、僕の手と共にゆっくりと浮かび上がってきた。それは巨大なマスク---僕たちの頭上に聳えていた彫像の特長を、正確に捉えた複製だった。
 すっかり動揺した僕たちは、その戦利品を手に台座の所へ引き返し、梯子を登って、慈愛に満ちた光の中へ出た。そして僕らを待ち構えていた群集に、自分たちの見たものについての話をして、マスクを置いたのだった。
 語るべきことは、あと少ししかない。
 人夫たちが送り込まれ、彼らは水の中から頭の頂点から足の爪先まで真っ白に塗られた、巨大なヒンズー教徒の死体を引き上げた。その身体には二、三の弾創があった。あの夜の銃弾は的を得ており、彼は明らかに水面下から台座の下へと通じる穴に入り込もうとして息絶えたのだった。
 僕たちの中で誰一人として、彼がどこから来たのか、説明できる者はいなかった。
 その後、僕たちは大佐の手記の中に高僧についての言及を見つけたが、彼こそが、自分の信じる恐るべき神性に対する不敬への復讐として、死の女神カーリーを装い一連の凶事に及んだその男だという結論に達したのだった。
 

<終>



"The Goddess of Death"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by shigeyuki


 “No,” I replied, “It wasn’t that.”
 I assented. Will’s face was a study. Then he seemed to grasp the full significance of the fact, and a great look of relief crossed his features.
 A moment later I made a discovery. On the left side in the far corner was a low curved entrance, like a small tunnel. On the opposite side was a similar opening. Lowering the lantern, I looked into the right-hand one, but could see nothing. By stooping somewhat we could walk along it, which we did for some distance, until it ended in a heap of stones and earth. Returning to the hollow under the pedestal, we tried the other, and, after a little, noticed that it trended steadily downwards.
 “It seems to be going in the direction of the lake,” I remarked; “we had better be careful.”
 A few feet further on the tunnel broadened and heightened considerably, and I saw a faint glimmer, which, on reaching, proved to be water.
 “Can’t get any further,” Will cried. “You were right. We have got down to the level of the lake.”
 “But what on earth was this tunnel designed for?” I asked, glancing around. “You see it reaches below the surface of the lake.”

“Goodness knows,” Will answered. I expect it was one of those secret passages made centuries ago―most likely in Crowell’s time. You see, Colonel Whigman’s was a very old place, built I can’t say how long ago. It belonged once to an old baron. However, there is nothing here; we might as well go.”
 “Just a second, Will,” I said, the recollection of the statue’s wild leap into the lake at the moment recurring to me.
 I stooped and held the lantern close over the water which blocked our further progress.

****************

 「ああ」と僕は答えた。「『あれ』であるはずがない」
 僕は同意した。ウィルは考え込んでいた。その時、彼はこの事実の持っている重要な意味を理解したようだった。そして彼の顔には安堵の表情がよぎった。
 その直後、僕は一つの発見をした。左手方向の奥の角に粗雑なカーブを描く入り口があり、小さなトンネルのようだった。反対側にも似たような穴が空いていた。ランタンを下げて、僕は右側の穴を調べたが、何も見えなかった。少し腰をかがめれば何とか歩いて進むことが出来そうだったので、僕たちは少し進んでみたが、穴は石と土に阻まれて行き止まりになってしまった。台座の下の空間に戻り、僕たちはもう一つの穴を試してみたが、するとすぐに、その穴が着実に下方へ向かっていることに気付いた。
 「池の方へ向かっているようだ」と僕は言った。「気をつけたほうがいいな」
 数フィート先でトンネルは広くなり、高さも出てきた。そして僕は仄かな輝きを目にしたが、近付くにつれて、それが水であるということが分かった。
 「これ以上は無理だ」とウィルは言い放った。「君の言うとおりだ。俺たちは池のところまで降りてきた」
 「だが、一体だれがこんなトンネルを作ったんだ?」僕は周りを見渡して言った。「この穴は、池の水面下にまで伸びているぞ」
 「女神のみぞ知る、だ」ウィルは答えた。「俺はこの穴が、何世紀も前に---おそらくクロムウェルの時代に---作られた、抜け穴の一つじゃないかと思う。ワイマン大佐の地所はとても由緒正しく、どのくらい前からのものかわからない。かつてここは年取った男爵の持ち物だったんだ。だが、ここには何もない。俺たちはもう立ち去るべきだろう」
 「ちょっと待ってくれ、ウィル」と僕は言った。池の中に向かって彫像が大きく跳んだという記憶が、そのとき僕の脳裏に蘇ったのだ。
 僕は屈みこみ、手にもったランタンを、僕たちの進行を妨げている水の、すぐ近くにかかげた。

"The Goddess of Death"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by shigeyuki

Williams's voice came down to me from the royal yard. He was singing out to me to go up and give him a hand to pull Tom up on to the yard. When I reached him, he told me that the gasket had hitched itself round the lad's wrist. I bent beside the yard, and peered down. It was as Williams had said, and I realised how near a thing it had been. Strangely enough, even at that moment, the thought came to me how little wind there was. I remembered the wild way in which the sail had lashed at the boy.
All this time, I was busily working, unreeving the port buntline. I took the end, made a running bowline with it round the gasket, and let the loop slide down over the boy's head and shoulders. Then I took a strain on it and tightened it under his arms. A minute later we had him safely on the yard between us. In the uncertain moonlight, I could just make out the mark of a great lump on his forehead, where the foot of the sail must have caught him when it knocked him over.
As we stood there a moment, taking our breath, I caught the sound of the Second Mate's voice close beneath us. Williams glanced down; then he looked up at me and gave a short, grunting laugh.
"Crikey!" he said.
"What's up?" I asked, quickly.
He jerked his head backwards and downwards. I screwed round a bit, holding the jackstay with one hand, and steadying the insensible Ordinary with the other. In this way I could look below. At first, I could see nothing. Then the Second Mate's voice came up to me again.
"Who the hell are you? What are you doing?"
I saw him now. He was standing at the foot of the weather t'gallant rigging, his face was turned upwards, peering round the after side of the mast. It showed to me only as a blurred, pale-coloured oval in the moonlight.
He repeated
his question.

 


 

 ローヤル・ヤードからウィリアムスの呼び声がきこえてきた。トムを帆桁に引っ張り上げるから手を貸せっていう。登り切るとウィリアムスが、ガスケットがトムの手首に絡み付いてるっていうんで、帆桁のそばから覗いてみると、果してあいつの言う通りで、どれほどきわどいとこだったか思い知ったんだ。まったくおかしなことなんだが、そのときになって初めて、風がどんなに弱かったか思い出したんだ。帆があの坊主をしこたまに叩きつけた様子が眼に浮かぶようだよ。
 俺は必死で左舷側のバントラインを緩めると、その端をガスケットに絡め、ランニング・ボーラインを作った。そして輪を降ろしていってトムの頭と両肩を通し、それからロープを引っ張ってあいつの脇できつく締めた。一分後、トムは俺たちの間でしっかりと支えられていた。ほのかな月明りで、あいつの額に大きな瘤が出来ているのに気づいた。きっとそこに帆の下縁がぶつかったんだな。
 立ったまましばらく息を整えていると、真下あたりから二等航海士の怒鳴り声がきこえてきた。ウィリアムスが下をのぞき込んでから俺の方を見上げ、一瞬鼻を鳴らすように笑った。
 「やれやれ、まったく」
 「どうしたんだい」俺は即座に返した。あいつは顎をしゃくってみせた。俺は片手でジャックステイを掴み、もう片方で朦朧としたオーディナリー船員を支えながら、首をちょっと巡らせた。こんなふうにして、ようやく下が見えるようになったんだ。最初は何も見えなかった。そのとき二等航海士の声がまたきこえてきた。
 「おまえは誰だ。そこで何をしている」
 その姿が見えるようになった。風上側のトゲルン・リギングの付け根に立ってて、マストの後ろからのぞき込むように見上げていた。その姿は月明りでぼんやりとした、淡い色の楕円形のようにしか見えなかった。
 二等航海士は、もう一度、質問を繰り返した。

つづく

kane

 





 翻訳の連載の途中ですが、ちょっと閑話休題。

  「マタンゴ─最後の逆襲」 吉村達也著
  角川ホラー文庫 角川書店刊

 という本がでるそうです。今月の29日刊行予定とか。
 詳しくは角川書店のサイトか、著者の吉村達也さんのサイトをご覧下さい。

 基本的に、「夜の声」の続編ではなく、あくまで映画「マタンゴ」の続編という設定のようですが。

(shigeyuki)

Tom had reached the sail, and was standing on the foot-rope, close in to the bunt. He was bending over the yard, and reaching down for the slack of the sail. And then, as I looked, I saw the belly of the royal tossed up and down abruptly, as though a sudden heavy gust of wind had caught it.
"I'm blimed--!" Williams began, with a sort of excited expectation. And then he stopped as abruptly as he had begun. For, in a moment, the sail had thrashed right over the after side of the yard, apparently knocking Tom clean from off the foot-rope.
"My God!" I shouted out loud. "He's gone!"
For an instant there was a blur over my eyes, and Williams was singing out something that I could not catch. Then, just as quickly, it went, and I could see again, clearly.
Williams was pointing, and I saw something black, swinging below the yard. Williams called out something fresh, and made a run for the fore rigging. I caught the last part--
"--ther garskit."
Straightway, I knew that Tom had managed to grab the gasket as he fell, and I bolted after Williams to give him a hand in getting the youngster into safety.
Down on deck, I caught the sound of running feet, and then the Second Mate's voice. He was asking what the devil was up; but I did not trouble to answer him then. I wanted all my breath to help me aloft. I knew very well that some of the gaskets were little better than old shakins; and, unless Tom got hold of something on the t'gallant yard below him, he might come down with a run any moment. I reached the top,and lifted myself over it in quick time. Williams was some distance above me. In less than half a minute, I reached the t'gallant yard. Williams had gone up on to the royal. I slid out on to the t'gallant foot-rope until I was just below Tom; then I sung out to him to let himself down to me, and I would catch him. He made no answer, and I saw that he was hanging in a curiously limp fashion, and by one hand.


 トムは帆までたどり着き、中央ガスケットの側の足場綱に下り立っていた。それから帆桁の上にかがみこんで、帆布のたるみに手を延ばした。見てると、ローヤルのたるみが急にばたばたと上下にはためきだしたんだ。まるで突風でも捕らえたみたいにさ。

 「くそこんちくしょう」ウィリアムスが何かの予感に興奮したみたいに口を開いた。そして、開けたときと同じように不意に口を閉じた。一瞬の内に帆布が帆桁を越えて後ろ側まで吹き上がったんだ。トムが足場綱から叩き落とされたのは明らかだった。

 「なんてこった」俺は大声で叫んだ。「あいつ、落っこっちまった!」

一瞬、目がかすんだ。ウィリアムスが何かいったが、よくきこえなかった。すぐにまた、はっきりと見えるようになった。

 ウィリアムスが指さしていた。帆桁の下で何か黒いものが揺れている。それから、あいつは何か叫ぶとフォア・リギングへと駆け出した。その言葉の最後だけがわかった―

 「・・・ガスケットだ!」

 すぐにトムが落ちながらもなんとかガスケットを掴んで、墜落しないでいるのがわかって、俺もウィリアムスを追っかけて駆けだした。トムを引っぱり上げようってわけだ。

 デッキから駆け回る足音と二等航海士の怒鳴り声がきこえてきた。いったい何事だっ、なんていってたが、それに答えようなんて思いもしなかった。ひと呼吸、ひと呼吸を全て登ることに集中させたかったんだ。ガスケットの中にはくず紐同然なのがあるってことはよく承知してたからな。トムが下のトゲルン・ヤードの何かにつかまらない限り、いつデッキまで落ちてもなんの不思議もなかったんだ。トップにたどり着くと、あっというまに乗り越えた。ウィリアムスは少し先だ。それから、三十秒もしない内にトゲルン・ヤードに着いた。ウィリアムスはさらにローヤルへと登っていった。俺はトムのちょうど真下あたりまで帆桁の足場綱をたどっていって、それからトムに「手を放せ、受け止めてやる」って呼びかけたが、何の答えも返ってこなかった。そのとき、あいつは片腕だけで、ひどくぐったりした格好でぶら下がっていた。

つづく

kane


“I’ve found it out! I’ve found it out!” I gasped. Will sprang from his seat, his eyes blazing with excitement. I seized him by the arm and, without stopping to explain, dragged him hatless into the street.
 “Come on,” I cried.
 As we ran through the streets people looked up wonderingly, and many joined in the race.
 At last we reached the open space and the open pedestal. Here I paused a moment to gain breath. Will looked at me curiously. The crowd formed round in a semi-circle, at some little distance.
 Then without a word I stepped up to the altar, and, stooping, reached up under it. There was a loud click, and I sprang back sharply. Something rose from the center of the pedestal with a slow, stately movement. For a second no one spoke; then a great cry of fear came from the crowd: “The image! The image!” and some began to run. There was another click and Kali, the Goddess of Death, stood fully revealed.
 Again I stepped up to the altar. The crowd watched me breathlessly and the timid ceased to fly. For a moment I fumbled. Then one side of the pedestal swung back. I held up my hand for silence. Someone procured a lantern, which I lit and lowered through the opening. It went down some ten feet, then rested on the earth beneath. I peered down, and as my eyes became accustomed to the darkness, I made out a square-shaped pit in the ground directly below the pedestal.
 Will came to my side and looked over my shoulder.
 “We must get a ladder,” he said. I nodded, and he sent a man for one. When it came we pushed it through until it rested firmly; then after a final survey, we climbed cautiously down.
 I remember feeling surprised at the size of the place. It was as big as a good-sized room. At this moment, as I stood glancing round, Will called to me. His voice denoted great perplexity. Crossing over, I found him staring at a litter of things which strewed the ground: tins, bottles, cans, rubbish, a bucket with some water in it, and, further on, a kind of rude bed.
 “Someone’s been living here!” and he looked at me blankly. “It wasn’t---” he began, then hesitated. “It wasn’t that after all,” and he indicated with his head.

****************

 「分かったぞ!分かったぞ!」僕は息せき切って言った。ウィルは椅子から飛び上がった。彼の目は興奮に輝いていた。僕は彼の腕を掴み、説明のために立ち止まることもなく、帽子を被る時間も与えず、通りへと連れ出した。
 「来いよ」と僕は叫んだ。
 僕たちが通りを走り抜けて行く姿を人々は好奇の目で見詰め、そしてその多くは僕たちに合流して付いて来た。
 そうしてついに我々は、空の台座のある広場へと到着した。そこで僕は少し立ち止まって、息を整えた。ウィルは僕を好奇の目で見ていた。群集は少し離れた場所で、半円を描くようにして僕らを取り囲んでいた。
 僕は黙って台の上に登り、それから、前屈みになって、その下に手を伸ばした。大きなカチリという音がして、僕はさっと後ろへ飛び退いた。何かが台座の真中から、ゆっくりと厳かに持ち上がって来た。
 一瞬、誰もが押し黙った。それから、大きな悲鳴が群集の中から起こった。「彫像だ!彫像だ!」そして何人かが走り始めた。さらにまたカチリという音がして、カーリー……死の女神が完全に起立した。
 再び僕は台へ上った。群集の怖気は消え去り、息を呑んで僕を見詰めていた。しばし僕は手探りをした。すると台座の片側が引っ込んだ。僕は黙って手を挙げた。誰かがランタンを用意してくれたので、僕はそれに火を点し、開いた場所にかかげた。穴は十フィートほどの深さがあり、その下は土になっていた。僕は下をじっと覗き込んだ。闇に慣れるにつれて、撲はそれが台座の真下に作られた正方形の壕であることを知った。
 ウィルが僕の側にやって来て、肩越しに覗き込んだ。
 「梯子がいるな」と彼は言った。僕は頷いた。彼は一人の男を使いに出した。梯子が来ると、僕たちはそれをしっかりと下に着くまで降ろした。それから最後の確認をした後、僕たち二人は慎重に下りて行った。
 僕はその場所の広さに驚いたことを覚えている。そこは、程よい大きさの一室と呼んで良いほどの広さがあったのだ。下に降り立って周りを見回している時、ウィルが僕を呼んだ。彼の声には、激しく動揺しているような響きがあった。部屋を横切りながら、僕は彼が地面に散乱しているゴミの数々を見ているのだということに気付いた。ブリキ、壜、缶、くず、少し水の入ったバケツ。そしてその先には簡素な作りのベッドがあった。
 「誰かがここに住んでいるんだ!」彼は僕を呆然と見詰めた。「まさか、そんなことは……」彼は口を開いたが、言い澱んだ。「いや、そんなことはありえない……」彼はそう言って頭を振ってみせた。

"The Goddess of Death"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by shigeyuki

Williams turned towards me, and spoke.
"Gawd!" he said, "it's started agen!"
"What?" I said. Though I knew what he meant.
"Them syles," he answered, and made a gesture towards the fore royal.
I glanced up, briefly. All the lee side of the sail was adrift, from the bunt gasket outwards. Lower, I saw Tom; he was just hoisting himself into the t'gallant rigging.
Williams spoke again.
"We lost two on 'em just sime way, comin' art."
"Two of the men!" I exclaimed.
"Yus!" he said tersely.
"I can't understand," I went on. "I never heard anything about it."
"Who'd yer got ter tell yer abart it?" he asked.
I made no reply to his question; indeed, I had scarcely comprehended it, for the problem of what I ought to do in the matter had risen again in my mind.
"I've a good mind to go aft and tell the Second Mate all I know," I said. "He's seen something himself that he can't explain away, and--and anyway I can't stand this state of things. If the Second Mate knew all--"
"Garn!" he cut in, interrupting me. "An' be told yer're a blastid hidiot. Not yer. Yer sty were yer are."
I stood irresolute. What he had said, was perfectly correct, and I was positively stumped what to do for the best. That there was danger aloft, I was convinced; though if I had been asked my reasons for supposing this, they would have been hard to find. Yet of its existence, I was as certain as though my eyes already saw it. I wondered whether, being so ignorant of the form it would assume, I could stop it by joining Tom on the yard? This thought came as I stared up at the royal.



 

ウィリアムスがこっちを向いていった。

 「くそっ、また始まりやがった」

 「なんだって」何のことかわかっていたが、俺はいった。

 「帆さ」といって、フォア・ローヤルを指さした。

 俺はちらと目線を上げた。中央のガスケットから外側に向かって、帆の風下側の全体がはためいている。その下にトムが見えた。ちょうどトゲルン・リギングに取り付いたところだ。

 ウィリアムスがまた口を開いた。

 「おんなじ風にして仲間が二人もやられたんだ」

 「二人もか」

 「そうだ」あいつはきびきびと答えた。

 「なに、そんなの初耳だな」

 「おんし、いったい誰がそげなこと話したんだい」

 俺は何も答えなかった。あいつがいったことは、ほとんど何も理解できていなかった。いったいどうするのがいいのかという問題がまた頭をもたげてきていた。

 「船尾に行って、二等航海士に知ってることを全部話してしまおうかって思うんだ。あいつはあいつで、よくわからんものを見たようだしな。どっちにしろ、このままにいかないぞ。もし、奴さんが全部知っ―」

 「馬鹿いえ、やめちょけ」いきなり、あいつに遮られた。「熱に浮かれたイカレ野郎なんていわれるのがおちだぜ。やめちょけ。なんもせんほうがいい」

 俺はじっと立ち尽くしていた。まったく、あいつの言う通りだったし、どうするのが一番いいのか、すっかり考えあぐねてしまってたんだ。上には何か危険があるとははっきりとわかってた、何故そう思うのかっていわれても難しいんだが。危険があるということは、この両の目で見たかのようにはっきりと分かってる。それがどんな形で起こるか知らないで、帆桁にトムと一緒にいたら止めることが出来るだろうか。ローヤルを見上げてるとそんな考えが頭をよぎった。

 きっともの笑いの種になるだけだろう。俺は・・・

 

つづく

kane


The following pages I read eagerly. They told a strange story of how, while engaged in the work of exterminating Thugs, the colonel and his men had found a large idol of white marble, quite unlike any Indian Deity the colonel had ever seen.
 After a full description―in which I recognized once more the statue in Bungalow Park―there was some reference to an exciting skirmish with the priests of the temple, in which the colonel had a narrow escape from death at the hands of the high priest, “who was a most enormous man and mad with fury.”
 Finally, having obtained possession, they found among other things that the Deity of the temple was another―and, to Europeans, unknown―form of Kali, the Goddess of Death. The temple itself being a sort of Holy of Holies of Thugdom, where they carried on their brutal and disgusting rites.
 After this, the diary went on to say that, loath to destroy the idol, the colonel brought it back with him from Calcutta, having first demolished the temple in which it had been found.
 Later, he found occasion to ship it off to England. Shortly after this his life was attempted, and, his time of service being up, he came home.
 Here it ended, and yet I was no nearer to the solution than I had been when first I opened the book.
 Standing up, I placed it on the table; then, as I reached for my hat, I noticed on the floor a half-sheet of paper, which had evidently fallen from the diary as I read. Stooping, I picked it up. It was soiled, and in parts illegible; but what I saw there filled me with astonishment. Here, at last, in my hands, I held the key to the horrible mystery that surrounded us!
 Hastily I crumpled the paper into my pocket, and, opening the door, rushed from the room. Reaching the hotel, I bounded upstairs to where Will sat reading.

****************

 その絵に続くページを僕は熟読した。そこには大佐と彼の従者たちが絞殺強盗団『サッグ』(訳注/Thugs:昔のインドの秘密結社の撲滅という仕事に従事していた時に、彼らがそれまでに見たことのあるどんなインドの神にも全く似ていない、白い大理石の巨大な偶像を発見することとなった経緯についての、不思議な物語が展開されていた。
 全体に目を通してみて、私はバンガローパークの彫像がそれであるとさらなる確証を持ったのだが、そこには寺院の僧侶たちとの激しい戦闘についての言及があり、大佐はやっとのことで、曰く「最も巨大な男であり、怒りに我を忘れている」高僧の手に掛かって死ぬ運命から逃れることが出来たのだということだった。
 最終的には寺院を占拠したのだが、その時彼らは寺の神像に混じって、ヨーロッパでは知られていない、異形のカーリー神---死の女神を発見した。その寺院はそれ自体が邪教徒の総本山であり、彼らはそこで残忍で忌々しい儀式を行っていた。
 その後、日記によると、偶像を破壊することを嫌った大佐はそれをカルカッタに持ち帰り、それを発見した寺院のほうを取り壊してしまった。
 後になって、大佐はその神像をイギリスへ搬送する手筈を整えた。それから時を経ずして、彼は道半ばのまま任期が切れて、故国に戻ったのだった。
 それが全てだった。だが僕には、その本を最初に開いた時点と比べて、幾らかでも解決に近付いたという気にはなれなかった。
 立ち上がり、僕はそれをテーブルの上に置いた。そして帽子に手を伸ばした時、僕は床に二つ折りになった紙が落ちていることに気が付いた。それは明らかに僕が読んでいた日記から落ちたものだった。前かがみになって、僕はそれを拾い上げた。紙は汚れていて、所々に判別し難い部分もあった。しかしそれは僕を驚かせるのに充分な内容だった。ここに至って、ついに僕はこの手に、我々を取り巻いている恐るべき謎を解く鍵を掴んだのだ!
 急いで僕はその紙を小さく折りたたんでポケットに入れ、それからドアを開けて、部屋から飛び出した。ホテルに辿り着くと、僕は階段を駆け上がり、座って読書をしていたウィルの所へ向かった。

"The Goddess of Death"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by shigeyuki


I glanced at Will. The lantern was shaking visibly in his grasp. Then I looked towards the pedestal again in a dazed manner. I stepped up to it and passed my hand slowly over the top. I felt very queer.
 After that, I walked round it once or twice, No use! there was no mistake this time. My eyes showed me nothing, save that vacant place, where, but a few hours previously, had stood the massive marble.
 Silently we left the spot. The men had preceded us with their sad burden. Fortunately, in the dim light, they had failed to note the absence of the goddess.
 Dawn was breaking as in mournful procession we entered the town. Already the news seemed to have spread, and quite a body of the town people escorted us to the hotel.
 During the day a number of men went up to the park, armed with hammers, intending to destroy the statue, but returned later silent and awestruck, declaring that it had disappeared bodily, only the great altar remaining.
 I was feeling unwell. The shock thoroughly upset me, and a sense of helplessness assailed me.
 About midnight, feeling worn out, I went to bed. It was late on the following morning when I woke with a start. An idea had some to me, and, rising, I dressed quickly and went downstairs. In the bar I found the landlord, and to him I applied for information as to where the library of the late Colonel Whigman had been removed.
 He scratched his head a moment reflectively.
 “I couldn’t rightly say, sir; but I know Mr. Jepson, the town clerk, will be able to, and I daresay he wouldn’t mind telling you anything you might want to know.”
 Having inquired where I was likely to meet this official, I set off, and in a short while found myself chatting to a pleasant, ruddy-faced man of about forty.
 “The late colonel’s library!” he said genially, “certainly, come this way, Sir Horton,” and he ushered me into a long room, lined with books.
 What I wanted was to find if the colonel had left among his library any diary or written record of his life in India. For a couple of hours I searched persistently. Then, just as I was giving up hope, I found it―a little green-backed book, filled with closely-written and crabbed writing.
 Opening it, I found staring me in the face, a rough pen-and-ink sketch of―the marble goddess.

****************

 撲はウィルを横目で見た。彼が手に持っているランタンは、明らかに震えていた。僕はもう一度台座を呆然と見詰めた。それから僕は台座の上によじ登り、手でその上をゆっくりと撫でた。そこには何だか違和感があった。
 その後僕は台座の周りを一、二周した。だが、無駄だった!この時には、何もおかしな所は見つからなかった。僕の目に映るもの、それは何も載っていない台座だけだが、しかしほんの数時間前には、そこにはどっしりとした大理石の彫像が立っていたのだ。
 僕たちは黙ってその場所を離れた。冷たくなった仲間を運ぶ男たちが僕らの前を歩いていた。幸い、薄暗い中だったので、彼らは女神像が消えてしまっていることに気付かなかった。
 悲しみに沈んだ僕たちの一行が町に入った時には、夜は白々と明け始めていた。既にその二ユースは広まっていたようで、大勢の町の人々が僕たちをホテルへと先導してくれた。
 その日一日中、多くの男たちが手に手にハンマーを持っては公園に向かい、像を破壊してしまおうとしたが、ほどなく黙りこんで帰って来ては、畏怖したような様子で、像が消えてしまって、ただ大きな台座だけが残っていると告げた。
 僕の心は晴れなかった。その衝撃は僕を徹底的に狼狽させた。そして無力感が僕を打ち拉いだ。
 真夜中頃になって、疲れ果てた僕はようやく床についた。次の日、はっとして目覚めたのはもう朝も遅い時間だった。思い付いたことがあって、僕はベッドを抜け出すと、急いで服を着替えて、階下に下りて行った。バーの中で宿の主人を見つけると、僕は彼に、ワイマン大佐の蔵書がどこに移管されているのかを教えて欲しいと頼んだ。
 彼はちょっと考えてから頭を掻いた。
 「だんな、あたしには正確なことはわかりません。ですが、町役場の記録係をしてなさるジェプソンさんならきっと、だんなが知りたいと思ってなさることを、なんなくお答えすることが出来ると思いますよ」
 どこに行けばその職員に会えるのかを聞いたあと、僕は宿を出たが、それからほどなくして僕は、四十歳くらいの血色のよい顔色をした男と心地のよい会話を交わしていた。
 「大佐の蔵書ですか!」と彼は落ち着いた声で言った。「確か、こちらです、ハートンさん」そして彼は僕を両側にずらりと本が並んだ、細長い部屋に案内してくれた。
 僕の目的は、大佐の蔵書に紛れて、彼の日記かさもなくば彼がインドで過ごした日々の記録が残されていないかどうかを調べることにあった。二、三時間ほど、僕はしらみつぶしに調べた。そしてまさにもう投げ出そうかと思った時、僕は目的のものを見つけ出した。それは小さな緑色の装丁の本で、酷く読みにくい、細かい字でぎっしりと記されていた。
 その本を開くと、大理石の女神を描いた荒いペン画の顔が、じっとこちらを覗き込んでいる姿が僕の目に飛び込んで来た。
 

"The Goddess of Death"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by shigeyuki


On we ran. A minute, perhaps, passed. All at once I heard a hoarse cry ahead followed by a loud scream, which ceased suddenly. With fear plucking at my heart, I spurted forward, Will close behind. Round the corner we burst, and I saw the two men bending over something on the ground.
 “Have you got it?” I shouted excitedly. The men turned quickly, and, seeing me, beckoned hurriedly. A moment later I was with them, and kneeling alongside a silent form. Alas! it was the brave young fellow who had been the first to volunteer. His neck seemed to be broken. Standing up, I turned to the men for an explanation.
 “It was this way, sir; Johnson, that’s him,” nodding to the dead man, “he was smarter on his legs than we be, and he got ahead. Just before we reached him we heered him shout. We was close behind, and I don’t think it could ha’ been half a minute before we was up and found him.”
 “Did you see anything---” I hesitated. I felt sick. Then I continued, “anything of That―you know what I mean?”
 “Yes, sir; leastways, my mate did. He saw it run across to those bushes an’--”
 “Come on, Will,” I cried, without waiting to hear more; and throwing the light of our lanterns ahead of us, we burst into the shrubberies. Scarcely had we gone a dozen paces when the light struck full upon a towering figure. There was a crash, and my lantern was smashed all to pieces. I was thrown to the ground, and something slid through the bushes. Springing to the edge, we were just in time to catch sight of it running in the direction of the lake. Simultaneously we raised our pistols and fired. As the smoke cleared away, I saw the Thing bound over the railings into the water. A faint splash was borne to our ears, then―silence.
 Hurriedly we ran to the spot, but could see nothing.
 “Perhaps we hit it,” I ventured.
 “You forget,” laughed Will hysterically, “marble won’t float. ”
“Don’t talk rubbish,” I answered angrily. Yet I felt that I would have given something to know what it was really.
 For some minutes we waited; then, as nothing came to view, we moved away towards the gate―the men going on ahead, carrying their dead comrade. Our way lead past the little clearing where the statue stood. It was still dark when we reached it.
 “Look, Herton, look!” Will’s voice rose to a shriek. I turned sharply. I had been lost momentarily in perplexing thought. Now, I saw that we were right opposite the place of the marble statue, and Will was shining the light of the lantern in its direction; but it showed me nothing save the pedestal, bare and smooth.

****************

 僕らは走った。おそらく、一分ほどが経過した頃だっただろう。突然前方からしゃがれた叫び声が聞こえたかと思うと、その後に大きな悲鳴が続き、ぱったりと静まり返った。嫌な予感に突き動かされ、僕は前に向かって疾走し、ウィルも僕のすぐ後に続いた。曲がり角を曲がったところで、僕たちは二人の男たちが地面に横たわっている何かの上に覆い被さるようにして身を屈めている所に行き逢った。
 「取り押さえたのか?」僕は興奮して叫んだ。男たちはさっと振り返り、それから僕を認めると、慌しく手招きをした。すぐに僕は彼らに合流し、そして無言の肉体の傍らに跪いた。何ということだろう!それは最初に名乗りを挙げてくれた、あの勇敢な若者であったのだ。彼の首は折れているように見えた。立ち上がり、僕は男たちに説明を求めた。
 「つまりこういうことなんです、旦那。彼の名前はジョンソンと言うんですが」と死んだ男に会釈してみせて「彼はわたしらよりもずっと足が速いもんで、先に行ったんです。で、わたしらは彼に追いつくちょっと前に、彼の叫ぶ声を聞きました。わたしらはすぐ後ろにいたんです。わたしらが彼に追いついて、彼の姿を見つけるまでの、ほんの三十秒かそこいらの時間で、そんなことができるなんてとても信じられやしません」
 「あなたは何かを見ませんでしたか---」僕は言い澱んだ。正気ではないような気がしたからだった。だが、僕は先を続けた。「《あれ》のことですが---言っていることが分かりますか?」
 「ええ、旦那さん。少なくとも、わたしの友人はそのようです。彼はそいつがここの繁みを横切って行ったのを見たと。それで……」
 「行くぞ、ウィル!」僕は話が終わるのを待たずに叫んだ。そしてランタンの光で前を照らして、低木の中に突入した。殆ど行かないうちに、光は聳え立つ人影をくっきりと照らし出した。ぶつかる音がして、僕のランタンは粉々に砕け散った。僕はそれを地面に投げ捨てた。すると何かが繁みの間を縫って移動していった。繁みから飛び出した時、僕らは間一髪で、そいつが池の方へ走って行く姿を視野に捉えた。僕らは同時にピストルを構え、発砲した。火薬の煙が晴れた時、僕は《そいつ》が柵を乗り越えて、水の中に飛び込むのを見た。微かな水飛沫の音が僕たちの耳に届き、それから---静寂がやってきた。
 急いで僕たちはその場所へ向かって走ったが、何も見ることは出来なかった。
 「多分、命中したんだと思う」と僕は言ってみた。
 「忘れてるんじゃないか」とウィルは引きつったように笑った。「大理石は水に浮かないぜ」
 「茶々を入れるなよ」と僕は腹を立てて言った。だが、それが”本当は”一体何だったのかを知る、何らかの手がかりになるとは感じていた。
 数分間、僕たちは待った。だが何も見えては来なかった。それで僕たちは、仲間の遺体を運ぶ男たちを先頭にして、ゲートに向かって移動を始めた。帰路には、大理石像の立っていた小さな広場を通り抜ける。僕たちがそこに差し掛かった時、辺りはまだ暗かった。
 「見ろよ、ハートン、見ろよ!」ウィルの甲高い声が上がった。僕はさっと首を回した。困惑の余り、一瞬、頭の中が真っ白になった。その時、僕たちは大理石像のあった場所を真正面に見ていたのだが、ウィルがランタンでそちらの方向を照らして見せたのだ。だが、台座の上には何も乗ってはいなくて、滑らかに剥き出しになっていた。
 

"The Goddess of Death"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by shigeyuki



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あけましておめでとうございます。
新年最初の更新です。
今年も宜しくお願い致します。
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