Sigsand Manuscript

ウィリアム・ホープ・ホジスンとその周辺

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 ちょっと目先を替えて、以前kaneさんの記事で紹介された、日本で(おそらく)初めて翻訳されたホジスン作品を復刻してみようと思います。
 これは

「冒険世界」 1911, 4(11); p52-58
 (明治44年) 8月1日 博文館発行

に掲載されたもので、ここにちょっと書きましたが、虎髯大尉こと阿武天風によるものです。同誌には、ホジスンの名前は全く出てきませんが、間違いなくホジスンの"From the Tideless Sea"(邦題 「静寂の海から」: 「海ふかく」収録 国書刊行会刊) の翻訳です。著作権なんて、全く無視だったんでしょうね。
 1911年といえば、まだホジスンが存命中で、しかもまだ彼の短篇集は出版されていません。ですから、雑誌からの翻訳となるわけで、これはちょっと驚きです。

 復刻に当たっては、同誌のマイクロフィルムから取ったコピーを使いました。漢字等は、出来る限りそのままにしましたが、部分的には新字を使用した所もあります。また、rubyタグを使用したため、IE(5.0以上)以外のブラウザではルビが適応されず、()でルビが表示されます。なので、できればIE(5.0以上)を使用して読んでいただければ、より楽しめるかと思います(ちなみに、撲はFirefoxを使用していますが、「IE Tab」という、IEのレンダリングエンジンを組み込むことのできるアドオンを利用して、確認をしました)。ちなみに原文では漢字全体にルビが打たれてありますが、煩わしいので、今回は一部省略してあります。あと、見易いように、フォントを多少大きくしてあります。

 それでは、明治時代の文体をお楽しみ頂ければと思います。




20070311181258.jpg



絶海に生き殘った親子三人

天風生譯



 次の一篇はパラガソー海の海草林に難破したホームバードといふ帆船ほまへせんに生き殘つたアーサー、サミユエル、ヒリツプ氏が、一千八百七十九年のクリスマスのて、小さい箱に詰め火球ひだに結び付けて放したものを、千九百*年帆船ほまへせん アグネスの船長ベートマン氏が拾ひ上げたものである。

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 余及び余の妻が、すべ て他の人類社会から遠ざけられて、此の恐しい悪魔の跳梁てうりやう する海に閉ぢ込められてから、永いゝゝ六年の星霜せいさう が過ぎ去つたのである。あゝに余は六年の間、生きたるまま墓場の底に冷たい寂しい日を送つたのである。此先このさき 二人は幾年を此儘このまゝに迎へなければならぬであらうか。
 ああかみ よ!かみ よ!余は既に其を考ふることだに得せぬ程疲れて居る。されど余はくても尚ほ我れと我が身を制御コンツロルしなければならぬ理由りいうつて居る。それは余に今年五歳こんねんいつつになる娘があるばかりに  
 世に生まれて五年、彼女かれは未だかつ て、其父そはちちと母とを除くの外、人間といふものを見たことがない。又それに就て考へたこともない。あはれむべきではあるまいか。おそらく彼女かれ此後このご五十年といふ永い時を過ごしても、今と同じく此世の中で、人間の標本へうほんとして余と余の妻の二人しか知ることができまい。余が彼女かれめに五十年の歳月を豫想よさうすることは愚である。何故なぜなれば余は最早もはや 此先このさき十年の生を保つことすらできないからである。イヤおほくとも十一年とは生きて居ることはできまい。
 吾々われわれいうする糧食りやうしよくも又吾々われわれを十年以上いじやう保たしめることは不可能である。余の妻はあはれにもそんな事を知らぬ。と同時に余も彼女かれをして、斯る絶望的の状態じやうたいを知らしむることを欲しない。事實彼女かれをして る事に、その繊弱かよわい心をらうせしめるといふことは、彼女かれ不必要ふひつえうな死刑を宣告すると同じである。余は如何なる場合ばあひに於てもかく の如き殘酷をあへてするに忍びない。

"From the Tideless Sea"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by 阿武天風

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