Sigsand Manuscript

ウィリアム・ホープ・ホジスンとその周辺

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   ▲水線以下すゐせんいか怪音響くわいおんきやう
 


 十ぐわつの下旬或夜あるよのことであつた。余が船艙せんそうに降りて、糧食りやうしよくを検査しようとすると、右舷うげんの方にあたつて、不思議にもタツプータツプータツプと云ふ音が聞こえた。しかもそれがたしかに水線すゐせん以下である。
 余は何だらうと思ひながら、暫く突立つたまゝみゝを傾けていた。けれども余にはそれが何だといふことは判断が付かなかつた。其内そのうちに怪しい音は止んだが、又始まるだらうと思つて依然として舷側げそくを配つて居た。
 スルト案のじう又タツプータツプと音が聞こえ始めた。が、今度はそれが左舷さげん の方でするのである。余は慄然ぞつとしてしまつた。何しろ絶海に四年の歳月を送つて、再び他の人類じんるゐと相見ることのできない憂鬱的いううつてきな生を送つて居るところへ、不意に這麼こんな音を聞かされては、余の精髄せいずゐすべての不ふしやう刺戟しげきを受くためは無理からぬことである。しかしながら余は何時いつまでも驚きおのゝいては居られない。そこで勇氣ゆうきを振り起し、音のする方へツカゝゝと歩み寄つた。そして靜乎と耳を傾けた。
 明らかに騒々さうゞゝしい物音が聞える。何か堅いもので船側ふなべりを叩くやうな、といつても解るまいが、鐡槌ハンマー舷側ふなべり鐡板てついたでも叩くやうな音である。スルト今度は不意に水雷すゐらいでも爆發ばくはつしたやうな音がした。余はこのけたゝましい音響おんきやうに脅かされ、吃驚びつくりして後へ引き退つたのである。
 余はこの不思議な音を三度ばかり聞いた。しかし三度きりであとは一しきり元の靜寂にかえつた。
 『今の音は何でございませうか。』と妻が余に訊いた。
 『つ!靜に!』と余は妻の言葉を遮つた。
 彼女かれ餘程よほど恐怖に打たれたと見え、色蒼いろあおざめて余の傍に降りて來た。そしてこえを潜めてういつた。
 『なんでせうねえ。今の音は?』
 余がこの問ひに答へやうとする途端、又恐しい音響おんきやう舷側ふなべりの外に起つた。妻はをんなだけにキヤツと叫んで二三歩引退つたが遠雷えんらいのやうにひゞきの名殘なごりが靜まると、彼女かれこゑをはづませて三度みたびう訊いた。
 『なんでせうねえ?なんでせうねえ?なんでせうねえ?』

"From the Tideless Sea"
Written by William Hope Hodgson
(ウィリアム・ホープ・ホジスン)
Transrated by 阿武天風

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