Sigsand Manuscript

ウィリアム・ホープ・ホジスンとその周辺

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 先日、kaneさんの記事で日本で最初に紹介されたホジスン作品ということで、「絶海に生き残った親子三人」が話題に上がりました。
 これは、明治期の少年雑誌「冒険世界」に掲載されたものです。ただ、情報がやや混乱しているので、今日、ちょっと千鳥が淵の桜見物がてら、国会図書館へ出かけて、見てきました。以下が報告です。

 まずタイトル等なのですが、これは雑誌の記述が滅茶苦茶なのですね。表紙には、

「絶海の親子四人」 虎髯大尉

とありまして、目次には

「絶海の親子三人」 阿武天風


とあります。さらに本文のタイトル部には、

「絶海に生き残った親子三人」 天風生譯


となっています。
つまり、全く統一されていないのですね。

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 あと、「冒険世界」の号数なのですが、これは1911,4(11)でいいと思うのですが、表紙にこの本の刷納本日として明治44年7月28日の記述があり、目次には明治44年8月1日発行となっています。さらにややこしいことに、表紙の号数が4(10)となっているのですね(背表紙がないので、そこはわかりません)。でも、申し込んだものがこれだし、表紙に掲げられている内容も合っていますから、11号で間違いはないんでしょう。
総合して考えると、

「冒険世界」 1911, 4(11); p52-58
 (明治44年) 8月1日 博文館発行 

で、

「絶海に生き残った親子三人」 阿武天風 訳

が正しいのでしょうね。

 翻訳は、国書刊行会版の「海ふかく」で言えば、p122の上段の13行目からになります。つまり、第五の手紙部分がほぼ全てというわけですね。ちなみに、原作者としてホジスンの名前は、「ホ」の字も出てきません。おそらくホジスンには了承も取っていないでしょうし、著作権におおらかな時代だったんですね(笑)。

(shigeyuki)

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